糖尿病になっちゃったのでダイエットに励む俺の日記

高校生のあたりから体重が増え始め、社会人4年目にしてついに100kgの大台に乗った男のダイエット日記が、糖尿病対策日記に変更となりました。

寺社巡り、散歩

81圈〇詢浪爾った 初夏 横須賀ぶらぶら 北情勢とか

体重、本当に変わらんなあ
ただ疲れやすくなっている。
一日が終わるころにはもう足が重くなる。
ぐったりくる
なんだろうこれ、頻尿っぽいし。
やたらグレープフルーツジュース飲みたくなる。
3日連続で1リットル飲んでる。

視力が明らかに下がっている。
図書館のときもそうだったが、急に一気に下がった感があるなあ
今もそう感じるほどだし、とにかく目を凝らしたり。
テレビとか見ていても下がった感が強い。
眼鏡変えたからか?
どうももやもやする目だなあ。

葉桜進む。
というか初夏のような陽気だわい。
東北は今咲き始めたとか。

風雲急を告げる北情勢だが
ここ数日は「落ちてきたらどうする」「死にたくないよなあ」「どうしようもないけどなあ」
「地下かなあ」「建物の中にいるしかないでしょう」というテンプレコメントが続いている。

そんななか横須賀に行く用事。
「ぐっ、、、」と嫌な気持ちになるあたりはそれなりに戦争を感じているのか。
が、意外と横須賀に行くとむしろ落ち着いたり。

ヴェルニー公園のあたり。
いずもかな? かがは佐世保? 戻ってくるんだっけ? うやむや。隣のオレンジのはしらせだと思うが。
空母じゃねえとか言われるが、やっぱりパッと見たときは空母にしか見えん。
これが停泊しているうちはまだだろうが、すべて出払ったら覚悟せんといかんかなあ。
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と言っても緊迫してはいないわな。
米軍人さんもカップルで買い物しているし。
外人さんいっぱい。これどこで売ってる?と聞かれたり、土産で買っていくんだぜ、と大量の荷物持っている人がいたり、皆フレンドリー。この気さくさ、明るさが米国人の強みかねえ。アジア系もいるけど。親子連れ、家族連れいっぱいだった。

北朝鮮情勢どう思う?とか聞きたかったが、そんな英語力は無い。
代わりに日本人の店長さんと話したら「基地があるから嫌だけどーどうしようもないしなあ」と。
そうだわなあ。

自衛官? 防大生?かと思ったが緑の制服の若い人が多いのは陸自の候補生?
すげえいたなあ。クレープ買ってるの見ていると、絶対今緊迫してないだろ、とか思うw
が、防人が「あわわわ……」とおたおた慌ててたら、それこそ不安になるので、常に平常心で
あってほしいですわな。礼儀正しいし。
店の位置訪ねられたら本当に気持ちよくなるほどの「ありがとうございます」を
しれくれるんですよねえ。


一方、相変わらずネットは極端な意見が目立ちまして。
北を灰燼にしろ、などというヤフコメ見て、それやったら拉致被害者も死ぬんですが。。。と
思っていたら産経に政府が拉致被害者救出の対策を米国に申し入れたとかの記事見つけ。
全然報じられてないが。

ISへの攻撃のときも、性奴隷にされた少女たちを救え、という意見があった一方で、
ISの本拠地を街ごと消せとか。それってその少女たちも皆死ぬんですが。。。と。
この少女たちもその後ほとんど報道されないんだよな。何百人といたはずだが。と思ったら
何かの記事に1500人とか。
一部の逃げ出した子、救われた子、殺された子の単発ニュースはあったが、
で、今は?となると、もう。そういえば国連の大使になった子もいたか。
多くの子はISの戦闘員と一緒に巻き添えで殺されまくっているのでは、とか思うのだが。

とはいえ、じゃあ何かするのか、と思えば何もせんわけで、結局見捨ててるのと変わらんのか。
だったら苦しめ続けるよりも一瞬で命を奪ってあげるのが良いことなのか。
それすらも他人事だから考えられることなのだろうけど。

だとしたらトランプも刈り上げ(なのか?あの頭は?)も、日本人の、さらにただの一般国民なんてどうでもいいだろうしねえ。拉致被害者をわざわざ救いに行くかな?
かといって救いに行かねえ、となっても日本人の誰一人助けにいかんのだから、同罪か。

あれ?そういえばミサイルの破壊措置命令ってどうなんだっけ?
もう常にそうしているんだっけか?
あーだけど昨年の8月から常時発令ってなっているな。
そうかそうか。
一応体制はとっていたのか。

となるとやっぱり敵基地攻撃と拉致被害者救出が問題になるわけだが
どっちもできんと。
そんなことを思いながら仕事に行くと。
何も変わらないと。
平和ボケ、なんて言葉もあるが。
であれば、普通に平和に生きること、それ自体が罪なのかもなあ。
だがそれこそ拉致被害者も性奴隷にされた子たちも望んでいるであろうことなのに。



83圈/郡鱒、鱒トバ、熱海、スミヤキ 糖尿悪化

正月も過ぎたのに今年はひとつも餅を食っておりません。。。
年越しそばは食った、年明けうどんも食った。
パスタも、寿司も、フライドチキンも、菓子パンも食った。

餅は食ってない。

鱒の塩加減について。
塩で揉んで1日寝かし→1日塩抜き、で干してみたが、
実はもう少ししょっぱいのがいいな、と。

そこで塩揉み2日で1日塩抜きを試してみたがこれはよかった。
3日干して2日抜くというのもよかった。

ただ開成フォレストの鱒は脂があり過ぎて干しても油がすごい。
これはちょっと誤算で干すのが面倒というか
せっかく鱒トバにしても油で手がべとべとなんだよなあ
干している感もないし。
赤身のマスは干さないほうがいいのかもなあ。美味いんだけど。
それかひたすら干す。むちゃくちゃ干す。

そこで干物鱒を圧力鍋で柔らかくしたうえでシチューの具にしてまあまあか。

それと小さい鱒ほど鱒トバにすべきかもしれない
干しやすいし。
小さいと逆に使いどころがなかったりする
干すと身もないし。

スミヤキを入手。
美味い。
ただの塩焼きにしたがほくっとした身が美味い。
ただ骨が凄いので、今度は煮つけにしたほうがいいかなあ

頻尿頻発。
のどの渇きもすごい。
顔のほてりもあって糖尿悪化だろうなあ

今日は久しぶりに熱海をぶらぶら歩いた。
1万4000歩超えた。歩数計、スマホ歩数計とさほど差は無いか。
マックスバリュができてたのね。便利w
やっぱり熱海はいいなあ。
というかオフシーズンの平日の閑散期の観光地感がいいんだよなあ。
あと温泉があると、なんのかんの安心感があるね。
水どうのうれしーも言ってたが、ほんと謎の安心感。

はばのりが1店で入荷してた。
これからなんだろうなあ
サンワで買えたのはアオサ海苔のほうだった。1パック300円ちょっと。
ブダイ浮きも売ってたが、やっぱりあれは長すぎるなw値段聞くの忘れた。

業務用スーパー→中島水産?→マックスバリュの流れはいいかもしれんなあ。いや、逆か?
泊まりに行きたいわー

熱海の海釣り公園は平日だったせいか、誰もいなかった。

84kg サワータビ試し 箱根旧街道・旧東海道

久々2万歩超え。
だけどそのぶん食ってるから意味ないよなあ

芦ノ湖行ってきた。
サワータビを使ってみたがまったく問題なく、28cmで良かったなあ。
フェルトソールが少し薄い?
ウェーディングシューズより歩きやすいし、足から離れている感じが無い。
ただ右足裏側の二股の付け根が帰宅後豆になっていた。
まあウェーディンぐだけの問題では無いんだろうけど。

行きはバス。
途中からずっと一人。
平日とはいえ湯本あたりなんて凄まじい観光客の数だが。
芦ノ湖も散策している人多いし。
釣り人は少ないけど。
暑くなるとマスが深場に行くからなあ

帰りは箱根旧街道、旧東海道のほうを使って湯本まで歩いてみた。
夕方だったが2時間で行けるとのことなので。
実際ほぼ2時間だったが。。。雨上りの石畳は怖すぎる。
下りだからラクといえばラクなんだが。。。

元箱根のちょっと山側に入口がある。
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須雲川沿いだが、川は谷底なんだよなあ
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石畳がすべるすべる。
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しかも夕方だから焦る。
休日ならハイキングしている人がいるだろうけど、平日の夕方ですもん。
もう誰も通ってない。
転んで頭ぶつけた、ケガした、でも誰も助けてくれません。
ヤバすぎる。。。

仕方なく脇の土の道を進んだり。
だけど土の道が無いことも。
それに草木に近付くとクモの巣引っかかりやすく。
もう何度も引っかかってうんざり

舗装に出ると一瞬安心。
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甘味茶屋はもう締まっていたがトイレは使えた。
トイレ立派だし。
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バスはもう無し。

もう石畳は嫌だと舗装を歩いても、ちょうど七曲がりと呼ばれる歩道が無い道に入るので、
安全を考えると旧街道を使うことにw
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まあ車も少ないのでいいんだけど、ただその少ない車がめっちゃ飛ばしてくるので危険なんだよなあ

畑宿まできて一瞬安心。
実はバスが出ている。この下のバス停では通過用で(芦ノ湖方面に行くための)、上の飯屋さん?にもうひとつバス停があってそちらは20時くらいまでバスがあるという。
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が、しばらく気付かず歩くw
まあいいんですけど。

畑宿は寄せ木細工店がいっぱいだが、全部閉まってるw
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食い物屋も締まっているし。

集落のなかに旧街道があって、明るい道に見えたのでこれは良いかも?と思ってまた舗装の道を外れる。
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が、これがすぐに墓場があってw
もう入口だけ明るいの。
あとはまたハイキングルート、さらに狭い石畳、石ゴロゴロ、狭い。

もう暗くてやばい。
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舗装のほうも暗くなってきた。。。
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どう見ても怪しい感じの大天狗神社w
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天使とかおるぞ。
この神社でかい駐車場もこの須雲川沿いにいくつか持ってる。

ただこのへんからずっと舗装路(旧東海道)。
川端の集落→奥湯本→箱根湯本と集落が続く。
ただ奥湯本のあたりは旧東海道に外灯が無くかなり暗い。
それがまたいい雰囲気なのかもしれないが。
いかにも有名人がお忍びで泊まりに来そうな雰囲気。
ここは歩きやすいし安心だし、バスも通っているが、やたら長く感じるルート。
やっと眼下にホテル街。
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いかにも観光地、温泉街って感じで華やかでねえ。
ここで下に降りればよかったんだが、ハイキングスタイルじゃ場違いだよなあ
眼下に見ながら箱根湯本へ。
ヤマザキショップを見ると、もう温泉街or住宅街。
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あとはなんだか近道とかいう道に入り駅へ。
20時くらい着なのでもう湯本も静か。
浴衣姿の人がちらほらと、外国人客。だけど店は開いてないところが多い。

愛川町・中津川・半僧坊・半原

このへんもノーマークだったなあ
関東ふれあいの道の一部になっていて驚いた。
結構メジャーなのか。

愛川の半僧坊が想像以上に立派で。
寺の名前は勝楽寺。
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深山幽谷の寺といった趣き。
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昔は実際にそうだったんでしょうねえ
今は集落の中にあるんですが、それでも周囲が山ということもあってたたずまいが格好いい

フィッシングフィールド中津川を見つつ近くの塩川滝を見に行く。
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なんか周辺が昔の観光地って感じだがw
いかにも里山感あるところを歩いていく。
これがびっくりこじんまりとしてはいるが、結構良いのだ。
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立派な滝。
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明らかに滝の周りが湿度上り、気温下がりで、夏にはよさげな。
ただしここもまた落石多く、熊注意。
こんなところにもクマ出るんだねえ
ぼろいトイレがあったがちゃんと紙あり、それなりに掃除されているよう。

一人で見る分にはいいところですよ。
が、これ暖かくなってどかどかと人来たらしょぼくなるんだろうなあ

途中FF中津川で馬鹿みたいに釣りまくって満足するw
半原方面へ歩く。
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中津川自体もきれいだけど魚影は見えない。
こっちで釣りしたいけどボーズ覚悟でかねえw
ちょうどこのあたりが市街地と山の境目なんだよね。
だから右(街)と左(山)で雰囲気が全然違う。
それがまたいいわけ。


相模原・宮ケ瀬湖・早戸川→関

久しぶりに結構あるいた。
4時間くらいか。

宮ケ瀬湖周辺は行ったことが無かったので。
バス終点の鳥居原ふれあい公園までとりあえず流されるまま乗車w

予想以上に人がいて、とくにバイクでツーリングとかドライブで来ている人多い。
湖も眺めよくキレイ。地元の直販所やお土産所とかもあって高台にある良い公園。
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天気も良かった。
山なので若干寒いが歩いていると軽く汗ばんでくる

集落にいくと桜もわりと咲いてたが、それでも平地よりは遅め。
林道を歩いていてもまだ早春って感じ
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あるいている人は全然いない。
クルマやバイクは時折通る。
これからどんどん人が増えるんだろう。
早めにきて良かったと思う。
意外と湧き水多いんだよなあ
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だから落石も多いんだと思うが。

リヴァスポット早戸川の脇の林道を進み柵前。
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クマよけ。
クマ鈴売ってたし。
集落も静かだし、人のいるところといないところの差が激しい。
あとわりと不法投棄が多いので、ちょっと夜は危険な感じがするなあ

林道は土砂崩れで通行止めになっているのでその場所を見に行くつもりだったが、
その手前ですでに一部崩壊していた。
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無理することは無いので撤退。
リヴァスポットでちょっと釣りしたが、人が多過ぎでうんざり。
餌釣り場のほうが空いていてよかった。完全に失敗。

鳥屋とか鳥居とか鳥に関する地名が多いと思ったら、
卵ひろいとかウコッケイとかいろんな卵売っている
ダチョウもいたw
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上からダチョウが見ている。。。
ちょっと怖い。

またダラダラと戻るが、バスが無い。。。
1時間に1本以下なので参る。
まあ歩くとしよう、と。
結構石仏系多く、集落も静かで和む。
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地蔵に賽銭箱はどうかと思ったがw

これ左の石塔面白いよなあ。
道祖神かねえ
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鳥屋の獅子
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このあたりの獅子舞は独特のものがあるようで。

地震峠に来た。
こういった場所は秦野でも見たが、実は神奈川県内に何か所かあるらしいと
何かで読んだ。そのひとつ。
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山津波で亡くなった人を弔っている。一家全滅した方たちも。名前が並んでいる。
このあたりの山ってけっして高い山でもないし、深い感じも無いんだが、林道を見ていると、
もの凄く土が浅い。川、沢も多いし。
だから落石も多いんだろうし、湧き水もあるところからも地盤は緩いんだろう。
だけどその川の多さがまた水の豊かさでもあるわけで難しいよねえ
山菜が美味いのは間違いないw

最終的に関まで下ったが、感想としては宮ケ瀬湖周辺は集落も静かで自然も豊かでアリかなあと。
ただ最後のサンクスあたりから山の上とはいえもはや市街地といった感じではある。
とくに関のあたりはもう普通の街だからねえ


83圈2月を振り返る、金柑

3月になってもうたわ。
いやあもう忙し過ぎだろと。

2月のトピックはやっぱりねえ、喉の痛みが10日以上続いたことで。
もう風邪とかインフルだったのか、それとも別の病気だったのか。
とにかくあの時期は疲れてましたねえ
疲れたー疲れたーと。
無理矢理グダグダ休んでみると回復したので疲労だったのではないかと。
疲労でストレスが扁桃炎に影響するとか。

いやあもう年をとっているんだなと思いますわねえ

ただその反面よく食ったなと。
ご飯も食ったせいか、最近喉がよく乾くのでこれは危険か。
というか炭水化物ばかりの生活だったよなあ。
もう少し糖質オフ、野菜、果物を大切にして生活したい今日この頃。

そういえば金柑をよく食べた。
皮ごと食っていいというのは楽だよなあ
これ全部そうなんだろうか?

以前は金柑なんて小さくて、だったらミカンがいいわと思っていたが
金柑の皮ごとという楽さにハマりつつある。

歩数的には普通に1万歩いくけど、別に歩いているわけではないからなあ
仕事してバタバタしているうちに1万歩達成みたいな。

2万歩 マス料理 横浜市歴史博物館・称名寺貝塚展

昨夜は久しぶりに2万歩以上
本牧から歩いて帰ってきた。
バチ抜けはしとらんが今夜あたりか。
春一番吹くとか20度超えるとか。
霧雨降ってたので山下公園も人いなくて浮き釣りしやすそうだった。
いいなあ。

マス料理は、一度マスを蒸してから身をほぐすと、皮や骨がとりやすい。
そこをさらに焼いて、ほぐし身に。
いいですよこれ。
45cmくらいのマスだとボール一杯というか山盛りのほぐし身がとれる。
北海道漁連の鮭レシピがものすごい役立つw
さすが本場やなあ

横浜市歴史博物館でやっている称名寺貝塚展を見てきた。
撮影は一部を除いてOK(フラッシュ不可)なので消音カメラでぱちぱち撮りまくり。
企画展だけなら300円だけだし。常設展は前に見たはず

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この展示で面白かったのは、縄文期の周辺の遺跡との比較があって、称名寺の集落は縄文末期になって他の集落が衰退していくなか、規模を維持していたという。
10数人いた集落が、1軒だけになっていくとか、その寂しい光景に何があったのかと思いを馳せ、
そのなかでなぜ称名寺集落は残ったのかー
そのへんがねえノスタルジーなのですよ

あとは周辺で獲れていた魚介類の話。
一応展示のテーマはイルカになっていますが、個人的にはボラがよく獲れていたとか、真鯛やクロダイも多いみたいで、そのへんの話が。釣り好きだからね。

センター北駅から南駅に歩いてみたんだが、意外なところに庚申塔。
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地蔵の隣にあった。
地蔵のほうは子宝に恵まれるらしく。
新興住宅街らしい地蔵さんだが、むしろ庚申塔が残っているあたりが、昔からこのへんは住みやすかったんだろうなあと、博物館のあとに思いますね。隣が大塚さいかち遺跡ですし。
このへんって意外と地名にも古代の名残が合ったりするんですよねえ
まあ庚申塔は寛政期のものだったが。

あとスポーツオーソリティーってセンター南駅の表と裏に2つあるんだが、裏のほうはアウトドア寄りなのね。表のほうはスポーツだらけで残念やなあと思っていたが、裏を見たらすごい充実していてよかったわー







85圈‐湘帖Υ田神社・KEENの靴

太っておるなあ
あごもタプタプだし

とりあえずハイキング用の新しい靴を購入。
アメリカのお洒落さんブランドKEEN。
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これがつま先が広くて日本人向けにいい
26.5cm無くて27cm買ったが、ハイキング用靴下履いてちょうどいいくらい。
良い買い物をした。
これでニューバランス、ティンバーランド、キーン、とこの3メーカーはつま先広めで
安心して買える、と。
選択肢が増えてありがたいなあ

で、釣りついでに神社散歩。
新松田駅から商店街を歩くとふじさーん!
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寒田神社は厳かでいいすなあ
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節分とか何かイベントあるらしい

河原からふじさーん!
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朝、カレーうどん(糖質カットうどん使用)
昼、たぬきうどん
夜、?

今から。
うどんばっかり食ってるな。

そういえばハヤシカレーにうどん入れたが、まあ食えるけどカレーうどんでいいやと思ったw

83圈/郡汗の指定席、睡眠時間、近大マグロ

今日は寝過ぎ。
慌てるような予定はないが。
相変わらずの雨だが、ちょっとジメジメが強い
涼しさより蒸すなあ、という
セミの声聞こえず。

朝、ウィダーinゼリー
昼、近大マグロのなにか
夜、ゴーヤと雑魚の唐揚げ

近大マグロご馳走してもらった。
美味かった。
なんでも美味いんだけど。
一人でゆっくりじっくり食べたいな、と思ってしまった。
孤食のほうがいいな、と思うようになったあたり完全にダメ人間。

それにしても久々の出張で疲れた。
しかも大阪はいつ以来だろう。
最後に関西方面に行ったのは4、5年前のはずだが。
エレベーターの右寄りに並ぶの見て「おおー大阪ー」と思うくらいw

それにしても、もう全然電車がわからん
スマホで検索してもわからんもんw
所要時間の感覚とか全然無いから疲れたわー
駅の位置、あと駅の広さだなーこれが全然想像できなくて。

新幹線の指定席とっていたが、遅刻しそうになって。
やべええええと焦りまくり、汗かきまくりだったが、指定席って遅刻しても、その後自由席の券として使えるんだね。
だったら焦る必要なかったわ。せっかくなんだからしばらく大阪楽しめばよかった。

新幹線も久しぶりだよなあ。
トイレの位置がわからなくて、あれだよな下りのときは車両反対向きになるから、トイレの位置がさー
「あれ?無い?なんで?」みたいな。
もー気づけよ、俺、という。
おしっこ1時間も我慢する必要なかった。

そういえば前はもっと座席倒すとき、もっとみんな声を出していた気がするんだが、
今はまったく聞こえない。
まあたまたまなのかもしれんが。

Kindleでひたすら歴史の本読んでいたが、汗かきすぎで不快。汗臭さもあるし。
大阪暑いのかな?と思っていたが、戻ってきても暑く、たんに湿気と服装の問題か
最終的にあんまり乾かなくてTシャツ破いて捨てたという。


84圈^豕い暴 厚木・相模川夜散歩……は危ない

体調はもとに戻ったみたいだが、肩がなあ
なんか筋肉痛になりやすいというか固まりやすいというか

昨日は一気に秋に。
今日は残暑に戻るという
台風のせいか
3日くらいまえにトンボがたくさんいて驚き
まだセミも鳴いてはいるが、今朝はまだ。

朝、野菜サラダ、茹でたウインナー
昼、野菜サラダ、いくら丼
夜、野菜サラダ、たこ焼き

いくら丼は久々に生の筋子を醤油漬けして。
このとき酢醤油作ってしまい失敗ww
いや美味かったけど、酢醤油はいくらの味を消してしまうわー
酢と酒を間違えたというか、酒にこだわらんでもよかったよなあ

何度か歩くようにしていたが、昨日は涼しかったので夜に時間ができて散歩。
相模川のほうを歩くことにした。
本厚木まで行ってぶらぶらしようとしたのだが…

怖ぇえええええええ
もう車はビュンビュン飛ぶように進んでいくし、河川敷の歩道は無いのが当たり前。
歩道は途切れるし、草ぼうぼうだし、工場街だし、ヤクザの家としか思えないヤバい車の列と監視カメラいっぱいの屋敷がポツンとあるし……

もう怖すぎるでしょおおおおおおおお
寒くなって寂しくなったくらい
ただバスが通っているのと、工場街と住宅街が入りまじりで人の目が多いのはまだいいのかもだが、
逆に静けさとは無縁。いや静かなところもあるが治安は悪そうだし。

もう両極端というか、なんだろう交じり合わない街というか。
死角があり過ぎる街。
もうアカン、あれはアカン。
防犯の看板がいっぱいあるんだが、それ以前になんか街のグランドデザインをもっと
真剣に考えるべきだったな、と後悔するようなねえ

まあヤクザの気配があるあたり、街をまともにつくれなかった気配がプンプンしますが。
昔ながらの住宅街の脇に工場があり、その工場の周りにまた新興住宅街があり……
いびつだわ。

駅前は思ったほどそうでもないから、河川敷にきたときの「ん!?」感はねえ

川崎の事件あった多摩川的な感想を持ちますが。
ただ相模川は河口、下流のほうが漁師町感が残っていてそこは統一感があるんだけど、ああ、あっちは平塚ですか。

昼間なら河川敷に公園も広がっていてのどかなんでしょうけどねえ
いやあ平日の夜はヤバい警報炸裂でした。

81.6圈‖猟完化する 相模川散歩

朝からバタバタと都内であーだこーだ会議して、昼過ぎにとりあえず全部終える。
で、帰宅途中にどんどん気持ち悪くなる。
で、例の匂い。
糖尿が悪化すると感じる甘いような変なにおい。

で帰宅してオシッコすると凄まじい濃い色。
これまた久しぶり。

明らかにおかしくなったのがわかる。
最近の食生活を考えると当然ではあるが、
食い物をちょっと玄米にしたり、野菜加えるくらいじゃなんも
意味ないわけですね。
運動と食事制限、バランスとしっかりやって減量して、そして続ける。
ひーこれ一生続けるのは大変だにゃあ
疲れたら寝る、くらいの簡単さ自然さがほしい。。。。無理か。
習慣づけしないとなあ
歯磨きと顔洗いはできているわけだし、それくらいの習慣づけを。。。


まあ付け焼刃ですが、とりあえず仕事は一段落していたので、
まず食事を野菜中心でサラダいっぱい食う。
水分も摂取。
そういえば炭酸メーカーの予備のカートリッジ、あと何本だろう、だいぶ減った。
100本以上あったけど意外とワンシーズンでなくなるもんやなあ

虫がちょっとでてきたな
今シーズン初の蚊が一匹。
あとすごい小さい羽虫がいまいた。
コバエには悩まされてないけど果たして。

で、外出して相模川の河川敷を久しぶりに散歩。
汗だくだく
すごい量。
ほんと運動不足に太ったなあ

あと気持ち悪いのはこれは一気に血糖値が下がっているパターンの
はずなので、気持ち悪くなったらスポドリ、カロリメイトで休憩という。

今朝は例の匂いはなくなり
気持ち悪さもおさまっているが、尿は濃いなあ
分かりやすいけど。

83.8圈\遒戮蟷曲癲△からチャーハン

久々に夏を堪能。
川べり散歩
だけど鮎をみかけん。土用隠れってやつか。
多摩川で小鮎少し。スモールマウスバスのほうが見かけるんだもんなあ

朝、おからチャーハン
昼、なし
夜、おからチャーハン、カップ麺

おからチャーハンは今シーズン最高の出来。
おからを炒めて焦げ付くまで粉々にして、ウェイバァー、創味シャンタン加える、さらにベーコンやウィンナーを加える。
最後にご飯を混ぜる。
これだけ、これだけなのに美味い。
だが食いすぎる。

暑さのピークは少しずつ落ちてるよなあ
まだ寝汗はかくけど不快感がだいぶ減ってきた。
セミはまだ鳴いているが暑い時間帯中心になりつつある


83kg 合羽1時間半で浸透

なんだろう、昨日は結構無理をしたというか。
朝、なし
昼、ご飯、野菜サラダ、納豆
夜、煮豚、唐揚げ、おから

久しぶりに川探索に。
雨の中なので合羽着込んで歩いたのだが、1時間半でもう浸透してきた。
ゴアテックスで好きだったが、もう限界かなあ。
5年以上使っているのか。

84.1kg 平塚→鶴巻温泉 縦断

金目川から支流の鈴川に至り、さらに大根川まで遡ってウォーキングしてきた。
県央縦断w

最初は相模川をぶらり。
台風接近中だが、小雨ぱらついただけでなんとか耐えた。

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20cmくらいの鯉が結構いる
ナマズの死骸みつけ。
最近ナマズ釣りが流行っているからなあ

平塚駅から金目川のあたりでは早速石塔。
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庚申塔や不動明王像とからしいんだが案内板がボロボロで読めへん。。。

高麗山が分かりやすいっすなあ
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金目川。海側向いて。ずっと川沿いに道があるのがいい
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ときどき水神さまとか祀られているんだよねえ
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公園化していたり、住宅街やスーパーが脇にあったりで、しばらくは開発されまくりですが、
それはそれで趣がある

サイクリングコースになっている
意外とトイレところどころにあるんだよなあ
コンビニもたまに見かける
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農道っぽいところに。
このあたりから周囲が田園風景に。
そして畜産のうんこ臭いにおいになる。きついw
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畜産慰霊碑があった。公園化している
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裏の建物が役所っぽいなあと思ったら衛生検査所だった。
なるほど。だから慰霊碑が近くにあるのか
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大山が近づいてきました
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高麗山は遠いなあ
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だんだん川が細く。
それとなんかゴミが目立ってくる
どうも下流のほうがキレイに感じるなあ
流れがないぶん、ゴミが残りやすいのか
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最後の方は水深10cmくらいなんじゃ?
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それでも鯉やすっぽん?亀けっこういるんだよなあ。ミドリガメ?クサガメ?みたいなのもいるし、なんかいろんな亀が繁殖している?

秦野市街に。
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東海大学駅前か、鶴巻温泉駅か迷ったが鶴巻に。
どちらも距離的には同じくらいかなあ
途中の落幡神社
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由来が無かったけど、子どもへの注意書きがあったり、素朴だけど大切にされている神社ッて感じ。
社に緑色の染色がまだ残っているのが趣がある
あと社名がまたね、いいよねえ。落幡って。いかにも地元の名前って感じ。
そういえば近くに遺跡があって田のなかにこんもりしていたなあ

大けやき。
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これはデカイ。
地元ではエノキというらしい。
でかいのにエノキなのかw

鶴巻温泉着
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ここから海老名→横浜。
久しぶりによく歩きましたわ

83.5キロ 大森ダイシン百貨店 たもぎ茸、花ひらたけ、キウイベリー

体重増えてきてんじゃねえか。。。

大森界隈では有名なダイシン百貨店に行ってみた。
テレビによく出ているらしいが、まったく私は知らないw
評判を見ると、食材豊富だが接客レベルが低いとか。

行ってみると、ようは百貨店、デパートとスーパーの中間くらいを狙っている店だと感じた。

やたら消毒臭がするのが気になるものの
食材はめっちゃ豊富。
変わったキノコ、野菜がとくに多い。
魚も干物や加工物が多いけど、売り場も広く種類あり。

あとは乾麺とかもすごい。

このへんのラインナップは横浜周辺のデパートとくらべても凌駕しているように感じる。

一方でカップ麺は貧弱。
このあたりはデパートテイスト感。
また、値段もスーパーと比べれば高め。
一方横浜周辺の本気のデパートと比べると安い。

このバランス。
そして接客もデパートとは思えないレベルだが、
スーパーとしてはこんなもの、という感じ。

いろんな意味でデパートとスーパーの中間で、感じたのはローカルデパートってこと。
地方の全国区じゃない独自のデパート、百貨店ってこんな感じなのだ。

なんだっけな、Googleマップか何かのレビューが結構辛辣だったが、
地方のデパートを知っている人ならこんなもんだろう、と受け入れられる。
食材の豊富さが素晴らしいので、個人的には◎あげたいね。


で、買ったのは、
たもぎ茸…出汁がでるキノコ
花ひらたけ…歯ごたえのあるひらたけ
キウイベリー…小さなキウイみたいな形と味の柔らかいベリー
やなぎマツタケ…細いしめじみたいなマツタケ

鍋風にして食べているが美味い。
あとキノコのせいか、匂いが若干ツンとするかなあ。



桜島大根でぶり大根、マルタの唐揚げ、川崎の殺害事件現場

桜島大根でかいわー
4分の1だけ買ってみた。
皮が厚いので調理しづらそう、と思ったが
意外と普通に作れたなあ。
十分染みて、ブリ大根めちゃうま。


釣ってきたマルタウグイを唐揚げにしてみたが
糞不味い。
これはびっくりここまでまずいかw
卵に栄養全部持って行かれたか?
それとも日本酒に漬け込みすぎた?
マルタではなく普通のウグイを釣ろう。。。
マルタでかすぎるんだもん


川崎の中1の子が殺害された現場って、
大運河計画の水門のところだよなあ。
あの河川敷っておもいっきり味の素の敷地のところで。
だけどそれらには、メディアも、ネットもまったく触れないのな。
行ったことあればすぐに浮かぶ話なのになあ。

まあ工場がーってぼかしているからメディアは
分かってぼかしているんだろうけど。まあ味の素関係ないわけだしねえ。
名前出すと管理責任とか問われて、河川敷立入禁止とかになって逆に面倒な
ことになりそうではある。

だけどネットはそんなの関係ないだろうから、
川崎はあーだこーだって書いてあるのを見ながら、
このうちのほとんどは川崎に来たことも無いんじゃないかなあ、と
思いながら。

少なくとも現場を見に行ったことがある人は、ちょっとな、
ホームレスの話や野良猫の話や出てくると思うけどな。
河川敷のスポーツ広場とかさ。
あのへんの独特の雰囲気の話がさ。
ちょうどあの水門のところがカーブしていて死角になりやすいとかさ。
とはいえ、そもそも深夜だったらあそこは全体的に死角だけどさ。

あーだけどマンションが最近増えているっていう話はあったか。
最寄り駅のところ、本当にキレイで大きなマンションが並んでいてなあ。
水門のあたりが工場とマンションの境目というか、工場寄りになっているんだよなあ。

まあ殺人事件が起きても、「あーあそこかー」って思っちゃうような。
河口や天空橋の慰霊碑もそうだが、どうしてもなあ、いわく付きに
なりやすい場所が多いんだよなあ。

辛いね、これでじゃあ「ああいう雰囲気が悪いんだ、キレイに埋め立てましょー」
なんてやれば、見た目はキレイだけど、ただのドブ川になるだろうしねえ。
鶴見川みたいな。

82.4kg 鴨宮〜酒匂川サイクリング

なんかもう忙しいなあ。
しょーもない内容なのに忙しい、というのが辛い。
まあ自分が悪いんだけども。

今日のめし。

朝食、野菜入りちゃんぽん
昼食、鮭弁当、そば
夕食、そば、刺し身

おかげで体重も激増してしまった。
まったくもう。

とりあえず午前中空いたので、散歩。
鴨宮駅で降りたら、南口?かな。
思えば北口しか使ったことがなかった。

そして南口に降りたら目の前に飯山自転車という自転車屋さんがあって、
そこでレンタルサイクルもしている。
こりゃちょっと使ってみよう、と。

ご主人に聞くと、普通のママチャリみたいな自転車だが、
1日250円くらいで借りれるという(500円預けて、帰りに250円戻ってくる)
激安!
1日使っていいんだよ!(実際は7時半〜19時半までで、日曜日と祝日は休みだったはず)
というわけで借りた。
名前と電話番号書いただけ。
超らく

うひょひょーいとあっとういまに酒匂川。
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河口まで一気に。
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ただ思ったより、路地も車が多くて、ちょっとね。
歩きのほうが精神的にはラクかも。
あるいは川沿いに上流にサイクリングするほうが良かったか。
また利用してみたいねえ。
日曜日使えないのは痛いけど。

80.2kg 日向薬師

2万歩あるく。
久しぶりだなあ
日向薬師のあたり。
あのへんは小野神社に行ったときにもう一度来たいなあ、と思っていたので
良かった。

ただ景観的には新興住宅地がすぐ近くまで入ってきていて、奥地は宗教的な土地柄とわかるのだが、
なんか統一感のない雑然としたところがある。
いまいちマイナーなままというのもそのへんに理由がありそう。
まあだけど宗教的な土地柄とかんがえるとそれでいいのかもなあ。
人を呼ぶなら観光地だが、宗教的であろうとするならマイナーのほうが世俗化しないだろうし。
難しいすなあ

小野宮前。ここから玉川沿いに。
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奥地よりもこのへんの景色が一番好きだなあ。

少し進むと妙に雑然としてくるのが気になる
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あと道が入り組んでるw
このへんは本当に細かい道が多い


みかん園や野菜の直売所が多かったのは素晴らしかった。
また暖かくなったら来たい
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辻には庚申塔や馬頭観音やらが。今まで見たことのない碑銘の石碑も多く、興味深い
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奥地では一部里山化しているけど、
思ったほどキレイに整地されている感じではないんだよなあ
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それにハイキングしている人も多く、やたら急に明るい服装の人間に出会ってウザい感じ。
もっと辺鄙なところを想像していたんだがなあ。
まあ地元の人にとっては収入源でしょうけど。。。
うーん、もっと人に出会わないところがいいんだが。
なんかなあ。

ただ突然五重塔とか出てくると宗教的な土地柄というのがよくわかる。
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細い流れの渓流にマス釣り場がいくつもあるが、釣り人は無し。
釣り人来た時だけ放流しているんだろうな。魚影がまったく無い。
この川にも天然のウグイはいるらしいが、他の魚は期待できなさそう。。。
ヤマメとかいてもすぐに釣り尽くされそうだ。
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クマ、イノシシ、サル、ヤマビルと季節によっては自然満点過ぎて嫌な感じでもありますがw

バスが日向薬師ー北伊勢原で出ているが、そちらはずっと街ナカなので、
小野神社方面から行くなら愛甲石田からのバスが若干のんびりした風景でイイ。

君は多摩川河口を見たことがあるか!?……川崎側の。

ちょっと長めのウォーキングをするか、と思って川崎に行き、大師線の港町駅を降りた。
近くの多摩川の河川敷を歩けるのでは?と思ったから。
地図を見るとずっと河川敷沿いに道もあるようだし。

考えてみると、多摩川河口というと「羽田空港」は思いつく。
だけどそれは東京側。
神奈川県・川崎側はどうなっているのか気にしたことが無い。
話題にもならない。

こういう場合はたいてい、工場地帯で道が無くていけないか、ホームレスのたまり場で人が行くような場所ではない、といった感じだろうか。
だがそれにしては地図の道はちゃんとあるんだよなあ。

そんなわけで半信半疑で歩き始める。
港町駅からすぐ河川敷に出る。
車道は工事中だが、砂利道の河川敷の道がある。
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河口から5キロくらいだったはず。

長いっすなあ。ずっと続いてる。
釣りをしているおっちゃん達が多い。
ときどきホームレス。
あとはランナーや散歩している人。
工場と住宅街が混ざり合っているような。

港町周辺はいいけど、先に進むと昼間はいいけど夜は人気が無さそうで怖いな。。。

すぐにこの水門。
川崎河港水門という国の有形文化財。
これ見てみたかったんだ。
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戦前に大運河計画があった名残り。
戦争が激化して廃止されたんだけど、水門だけは今も現役。
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このへんの河川敷って味の素(工場がある)のものなんだけど、比較的緩い管理のようで、釣り人が結構いる。
まああんまなー所得の低い集まりって感じではあるが(人のことは言えん
挙動不審な人も多いしね(これも人のことは言えん

先に進む。
河川敷は野球場やサッカー場が整備されているので、休日は賑わうのかな?
ただホームレスの小屋も多くなるが。
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ときどきコース案内の看板。
意外とトイレがあるんだが、簡易トイレも多いので注意。
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猫多いなあ。
結構ゴロゴロしている。
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人に慣れているのかなんなのか近寄ってはくるが触らせない、的なね。

簡易トイレ。
ちょっと使う気がしない(使ったけど)。
ちゃんとしたトイレはもっと河口寄りにあったが。
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もう周りにバレバレやん。
外の音も思い切り聞こえるし。
女性だけでなく、男性も使うのためらうレベルの設置w

先を進むとヨシ原。
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結構残っていて驚く。

河口まで3.5km地点でまた大きな水門。
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大師橋、大師ジャンクションのところ。
産業道路の下をくぐってまた河川敷へ。

が、ここからずっと河川敷工事中。
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しばらく川を見られない。
ずっと砂利道を歩く。。。
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看板もぼろいな。。。
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だけど平成26年12月26日まで工事ってなっていたから、年末には工事終了?
工事全体の問い合わせも来年の3月末までになっていた。
暖かくなったらまたきたいねえ

砂利をずーっと進んでようやく河川敷へ。
ここからさらに人気が無くなる。
釣り人もホームレスもいなくなる。。。
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気持ちいいけど、寂しい光景だから用心しないとなあ

振り返ると結構良い風景。
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そしてまもなく対岸に羽田空港!
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いやあ、このアングルは珍しいかなあ
まあだけど飛行機や水鳥の写真が好きな人はみな知っているのかもな。
あとモノレール?や釣り船の行き来も見られる

だけど周りは人のいない公園。。。
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まあ犬の散歩とか、ウォーキングとかしている人はいるにはいるけど、人気が無いなあ
脇に新しい工場?研究所があるんですが、全体的に人が少なく空地というか建物が無い場所。

そして河口から1km地点。
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あーヤバイ。
道が細くなっていて、鬱蒼とした木々と、有刺鉄線のがら空き駐車場に囲まれてくる。
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この先通行止め。
陥没しているかららしい。
そうでないときは浮島公園まで行けたという。
これ陥没する前に来たかったなあ。
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あーこの道はヤバすぎる。
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脇の木々の合間にホームレスの小屋、ブルーシートがあるが人気が無い。
脇の駐車場も人気が無いうえ、有刺鉄線。
襲われたら逃げ場が無い。。。。

だが行くw
いやーこういう場所で殺されたりするんだろうなあ。。。と思いながら。
だけど河口っぽくなってきた。
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が、最後は通行止め。。。
陥没箇所、手前のブルーシート?
だったら直せそうだけど、もっと先で崩れているのかな?
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フェンス越しにもっとも河口寄りの光景w
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ま、飛行機も写ったしいいかね。

帰りもこの細い道は怖いけどねえ。
ホームレスのおじさんっぽい人が帰ってきているのを見たけど。
あとは運動中のおばさんとか。

最後の河口付近の光景。
釣り船やモノレール。
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このへんは干潟なので干潮時は浅いらしい。
ボラが結構泳いでいるのでルアーとかにいいかもだが、やっぱ夜は危ない感じがするなあ。。。
昼間にハゼ釣りとか?
もうシーズンも終わりだろうけども。。。

松田の酒匂川・奥丹沢の箒杉

ポツリポツリと歩いたので。
新松田駅近くの橋、酒匂川沿いの散歩道に道祖神や馬頭観音が並んでいた。
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雨のなか奥丹沢・中川の集落・箒沢。
その由来なのかどうか箒杉は立派だ。
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集落を火事と土石流から守ったという。
だけどもう老いた杉だ。3度守れるかは分からない。
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樹齢2000年。奈良時代も平安時代も見つめてきた杉だ。
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このカットが好き。立派な幹。一応樹木医が治療はしたらしい。
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すぐ上に展望台があって時期によってはキレイに見えるそうなんだが、
夏は周りの木が生い茂って全然わからんw
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またいつかきましょう。

すぐ近くに馬頭観音。
中川温泉は武田の傷病兵を治療したという由来がある。
信玄の侵攻ルートでもあったのなら昔から人の往来があったのだろう。
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今でもバスで通るには怖い断崖の一方通行が何箇所もある。
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帰りにバスの教習車を見かけた。
ここは神奈川県内でもっともバスの難所かもしれない。

金沢文庫「動乱の金沢」展 見てきた

久々に歴史関係の見学に。
紛らわしさ抜群の金沢文庫ですw
ほんと駅名が同じだとわけがわからんw

称名寺の参道はいかにも夏って感じでいいねえ。
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称名寺通って。
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金沢文庫へ。
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大人250円。
小さい資料館ですが、今回の展示はテーマがもう素晴らしく私ゾーンw
鎌倉幕府滅亡後に称名寺周辺がどうなったか、秀吉が北条氏を滅ぼすあたりまで解説している。
この政府滅亡後というテーマがねえ、興味あるんだよねえ。

内容的には1Fの入り口で少し今回の展示の解説して、あとは1Fは常設と変わってないと思う。
2Fは全部今回の展示の解説になってた。

内容を大まかにうろ覚えだが。
鎌倉幕府滅亡、金沢氏滅亡で1333年建武の新政始まる。ここで称名寺は足利尊氏に寺領を安堵される。
だけどこのあたりはあまり政治的な支配は空白地だったそうで、勧進したり、六浦のあたりは政府ではなく、民衆の互助組織を立ち上げたらしい。
んで幕府滅亡後10年以上して、滅んだ金沢氏の13回忌を行えたようだ。
裕福な檀那集もいたようで、大きな葬式だか七回忌だかやっている。

だけど1359年にはもう、寺も民衆も衰亡してきて、貯えもなくなって僧侶が嘆く文章が残っている。
この頃、周辺の鎌倉府系の豪族かなんかが寺領を奪おうとしてきたり、もめごとが起きてずっと続く。

さらに20年くらいで称名寺は遠く離れた加賀にも領地があったそうだが、その年貢がやがて届かなくなってしまう。
だから近い土地と交換してもらったらしい。
それでもまた10年くらいで伽藍の修繕しているねえ。
んで1400年台に入ると称名寺の子院である大宝院のほうが羽振りが良いらしい。
なんか独自行動して儲けてた模様。

今の大宝院ってすぐ近くにあるらしいんだけど、全然それらしいものがなくw
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ある家っぽいところの札がそれらしい感じだが、読めんw
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なんかほんと栄枯盛衰って感じ。

んで、まあだんだんと戦乱の話が増えてきて。
どうも寺領に軍勢が入ってきたようで、武将たちが禁制したりってのが目立ってくる。

んで、1435年の資料が面白くて「他言できない重大事を託された」っていうのがある。
これが面白いよねえ。こんな資料があるなんてワクワクしちゃうw
その後のことを考えると、展示では足利持氏の幕府への反逆がらみのなにか、と見ているそうで。
ほんとその後の展開を考えると、そんな感じ。

足利持氏、鎌倉公方の持氏が幕府に反抗するのが1438年の永享の乱で、
さらに称名寺が戦場となって、持氏が寺にこもって、長尾忠政(関東管領・山内上杉家の家臣)の軍勢が囲んで、そこで持氏が出家するという。

ただ展示にはなかったけどWikiとか読むと、この際、持氏の家臣の一色氏もいて、こちらは称名寺で滅んだらしく。だから囲まれたというか、もう合戦が起きてたわけですよね。
寺も荒らされたりしたそうで。

ただ結局持氏が殺されてからは、忠政が称名寺に伽藍の修復のために関で通行税を取る許しを与えているみたい。
壊れたから、それを直すための金集めていいよ、って感じでしょうか。
このあたり、当時の戦争の様子というか、たとえ敵将がこもっていたとしても、寺の人間を殺すとか滅ぼすってわけではないんでしょうねえ。神仏の加護がある感じ?
ただ書物の接収を命じられたとか(違う時代かも)。
書物の価値を認められたというか。

んでその関で狼藉を禁じる指令が忠政から出されているんだよな。
これって、称名寺の関係者が関で、通行人に乱暴とかしているんじゃないだろうか?
金を強引に奪ったりとか。
この時代って今の常識と明らかに違うからなあ。
単純に寺社仏閣や民衆が=善良な一般人みたいな感覚では無い。

で、足利持氏の子、成氏が鎌倉公方になるのが1447年。
彼もまた室町幕府と対立して古河公方になって、だんだんと関東が独立していくだんけど。
その頃に扇谷上杉氏の家臣・菅野氏だったかが、金沢の寺の再興などに取り組んだらしい。
この扇谷上杉氏の家臣に50年後くらいに北条早雲が出てくるんだなあ。
いやはやダイナミズムというかゴチャゴチャというかw

1484年には江戸城をつくった男・太田道灌(扇谷上杉家の家臣)がきたり、甲州から穴山氏が見物にきたらしい。穴山氏といえば本能寺の変後に徳川家康と別行動して殺された穴山梅雪でしょ!甲斐武田氏の有力武将の祖先が訪れていた、と。

それくらい名高い寺として名声は維持されてたってことですな、称名寺。

で、1498年だったか、東海地震と大津波が起きるんですな。
これをキッカケに混乱が始まり、北条早雲が下克上を開始するらしいです。
地震キッカケだったんだねえ。
これが戦国時代の始まりとも。

まあその地震の法要、3回忌か、を称名寺ではやっていたりします。


んでこの時代からは北条早雲が関東の覇者みたいなもんですが、そこに有名な三浦道寸との戦いがあるんですなあ。
最終的には油壺のところで同寸はじめ三浦一族(というか相模三浦氏ですか)が1516年に滅亡する、と。
その血であの湾、というか当時の資料によれば港が油のようにべたーっとなった、って話がありますが。
それが油壷の由来、と。
本当かどうかしりませんが、というかその前から言われてたんじゃないのか?って思うんですけどw
だって油壺湾ってあの地形になってからずっとベターって感じでしょうからねえ。
もちろん大量の死人がいたら血があまり流されずに、赤くベットリと染まったとは思いますが。。。

まあ、ともかくその頃は、称名寺は敵味方どちらにも少しずつお金を渡していたらしい。
この少しずつってのがね。
窮乏を感じます。

んで50年後には今度は長尾景虎……上杉謙信登場!
称名寺は上杉謙信に荒らされます!www
ひでえw
1561年だから北条氏康がこもる小田原城を攻撃してきたときか。
この年に鶴岡八幡宮で謙信は関東管領になっている。
こいつw
関東管領になるときか、なったあとに近くの寺を攻めてんのかw
狂ってるなあ。
ほんとこの頃の人たちの感覚は尋常じゃない

あ、この1年前1560年は織田信長の桶狭間の合戦ですよ。今川義元を討った。
まさにザ・戦国時代。


1567年に茅ヶ崎の円蔵寺に相模地方の僧侶たちが集まって法談をしたそうな。
そのときの文章が「乱世の中で名残惜しい清談の場で感動した」という内容。。。

もうよほど酷い時代なんでしょうなあ。

なんだろう、井伏鱒二が戦争中や戦前戦後に釣りに行ってた話があるんですが、
そのときの雰囲気に似てるんだよね。
戦後に釣り宿の女将さんに久しぶりに会って
「あのとき一緒に釣りをしていた上手い人はどうしたの?」って聞いて
「徴兵されて戦死なさいましたよ」みたいな受け答えをしている感じ。

もう川筋の宿で、季節は夏ですよ。
日陰の部屋でセミの鳴き声がうるさくて、蒸し暑くて。
そこで窓から川を眺めて、あの人は戦死したのか……と思いを馳せる井伏鱒二の情景ですよ。
いや、妄想だけど。

まあともかく戦国時代ですからねえ。
東京湾も戦場になったとか。
そのとき金沢の豪族で海運をしていた山口氏が、北条VS里見という状況で、
敵地でも交易できるよう免許もらってたらしい。
やるなあ。
というかこの時代は交易する人も商人でも豪族、武装しているわけで。
やっぱり商人のイメージと違うよねえ。
江戸時代的なお主も悪よのよう的な商人ではないんだよなあ。


1590年の秀吉の小田原征伐では、北条氏から称名寺と門前の村に兵糧の保管が命じられる。
で、北条は滅亡するわけで、展示ではそこまで。
最後に称名寺や村への狼藉を禁止する秀吉の命令で終わり。


小さい資料館ではありますが、内容も絞ってくるので250円なら安いもんです。
図書室も使えるし。
小さいけど。
宗教と歴史系の資料がありますし。歴史好きな人には穴場だな。

夏ですなあ。
8月ですよ。。。
あっという間にというか。
早過ぎるなあ。。。
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83.1kg 柴港の日曜市

朝食、寒天ゼリー、とんかつ、麦入りご飯
昼食、冷やし中華
夕食、寒天ゼリー、やき唐辛子、イシモチの塩焼き、謎シチュー

今日は金沢八景の柴港へ。
ここは日曜市が午後の1時半からあるのだが、なかなか行く機会が無かった。
とれたての魚が並ぶのだ。

1時半になるとズラリと並ぶ
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1時頃ですでに並んでいるので、早めに並ばないとだなあ。
ただこの日は人がいつもより多かったらしい。
ちょうど近くの海の公園でバザーやっていたからか。

進むー
04-13@13-43-41-680

どんどん先頭の人たちが大量に買っていくww
04-13@13-55-19-196

結構商売の人もきているみたいで。
私の後ろのおじいさんが商売人で魚を確保する必要があったのか、かなり出遅れたらしくイライラしていて落ち着きが無い。こういう年寄りを見ると悲しくなる。。。。ああはなりたくない。せっかく年取ったのになあ。年取って落ち着くのではなく、年取って浅ましくなるとは。。。本人だけのせいではない、とは分かってはいるが。神様は残酷だ。年取ると、妬みやすく、嫉妬深くなりやすく、意固地になったり、頑固になったりして息子にすら嫌われてしまう(まさに私の親がそうなのだ)。

一方で年取って人に好かれる性格に、丸くなっていく人もいる。この差はなんなのか。本当に悲劇としかいいようがない。

まあどうでもいい。
そう、どうでもいいのだ。
悲しいがどうでもいい。どうすることもできない。

04-13@14-02-03-944

30分位して私が買う頃には、スズキ、クロダイ、こち、ヒラメ、カレイ、小アジ、イシモチ、穴子、タコなどがいたが、正直一般的な魚しか残っていなくて興味は無いw

先頭の人がタカノハダイ買っていたので、そういう変な魚を買いたかったのだが。。。。
他にも立派なアジとかシロギス、ワタリガニとかがいたようだが、全部先に買われてしまった(発泡スチロールのクーラーに入れて買っていく人までいるのだ)。
個人的にはウマヅラハギが欲しかったが、売ってなかった。

ただ待っていると後から船が入ってくることはあるそう(ただ来ないこともある)。

で、イシモチ(オオグチ)が立派だったので3匹購入。たったの310円!
びっくりした。
安すぎる。
1匹100円かよ。
100g60円とか。




82.8klg 雨の茅ヶ崎

久々の82kg台

朝食、おからハンバーグカレー
昼食、おからハンバーグカレー
夕食、蒸したホッキ貝、ささみのサラダ

1万7000歩
雨のなかでもレインスーツがあれば楽しく歩けるかな?と

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頑張ってみたが、1時間もするとレインスーツがぐちょぐちょで、やっぱり着替えは
必要だなあ。中は濡れてないけど、ポケットとかぐちょぐちょ。
財布もぐちょぐちょになってしまって、今朝になってもまだ乾かしている

走っている人とサーファーはポツポツいたが、ウォーキングだとちょっとなあ。

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龍神さん

皇居

今は陛下はおられないんだよな、葉山だっけ?
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お堀。
やっぱり石垣が美しいねえ

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やっぱり石垣だよ
この石垣の美しさだよ

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外国人に大人気でしたね。
しかも意外なことに中国、韓国の人多いんだよねえ。
あちらの国の人にとっては怖いもの見たさってやつでしょうかw
まあこんだけ外交関係が悪くても実際の庶民はそれほどどうとも思ってないんでしょうね。
悪けりゃ悪いなりに、みたいな。

それにしても大都会のどまんなかにあるというのも不思議っちゃー不思議で。
東京駅からすぐ、という立地もいいよねえ。
歩いてこれるもん。
ほんと観光スポットとしてもいいんだけど。
日本人はむしろ少ないw ほんと全然いないんだよなあ。
皇宮警察?くらい

外苑の公園?なんてほんとにキレイで広いけど全然人いなくて。
ホームレスが芝生で寝転がっているくらいで。
まあのんびりするには平日で寒いけどさ。




丹沢湖

今日は丹沢湖ですよー
神奈川の秘境と言われている丹沢湖ですよー

朝早く起きれたので通勤ラッシュに揉まれながら東海道線で国府津まで。
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横浜は雪なんかとっくに解けてましたけど、国府津駅にはたっぷり残ってました
御殿場線乗換で、谷峨(やが)駅下車。

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無人駅です。
ここでいきなりSuica使えねえ。
そうなのだ御殿場線はいまだにSuica使えないのだ。。。
最初から切符買ってればよかった。
車掌さんから払い戻しの紙もらって、現金払い。

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駅から見える山並み。
もう完全に冬山だー
大丈夫なのか。。。。

ともかく氷ですべりつつも気をつけて歩き、まず麓の集落へ
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ここの橋本屋さんで菓子パンを買う

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さあ行きますよー

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と思ったらいきなり道の駅・山北w
ここでも手作りのパンとか買えます。

丹沢湖までは車道脇の歩道を行きました。
だから凍ってはいるもののとくに心配なく。
一箇所だけ歩道が完全に無い部分があるんですが、クルマは多くないので大丈夫。
ただ行楽シーズンは危なそうだけどね。。。
周辺にはたくさんハイキングコースがあるので、それらを使えば。

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馬頭観音がむちゃくちゃ多い。
大正時代のものがおおいかなあ。
交通の難所だったんでしょうねえ。馬にもキツイ道だったに違いない。

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いやあ、いい景色。
どこまでも奥に山がある。
だけど平坦で、全然つらくはない。
途中に集落がいくつもあるので不安になることもないし。

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湯本平の布施商店のあたりで、橋を渡れるんですが、そちらからもダムへ行けます。
今回は帰りに利用しましたけど。
この商店はゆうぎょけんも扱ってます。このへんは酒匂川水系。
集落には日帰り温泉とかもあるみたい。

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冬桜って言うんでしょうか。
雪が桜の花のよう。
美しいねえ。。。

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ダラダラペースで1時間半くらいでダムのふもとまで。
ここは左に行ってダムひろば公園?に行きます。
車道のほうは途中で歩道無く、危なそう。

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見えましたー

ただダム広場公園?は水曜日は駐車場が閉まってる。
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しかし駐車場の奥に歩道があるので、そこからダムの上に、丹沢湖に行ける。
ゲートが閉まってたが、歩きなら入っていいみたいなので、脇から入った。

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きれいなダムだ。実は斜面に見える道も歩いてOK

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高いー

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きました!
いいですねえ、湖は。

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街のメインストリートへ。
と言っても料理屋さんと交番くらい。
水曜日なので記念館もやってないw
記念館でおみやげ売っているらしいんだが。。。
食事はできるけど、買い物はできないなあ。
自販機くらいしかない。


湖沿いに歩道があるのでハイキング。
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美しいねえ。
これは役場近くからの眺め。
役場の近くに学校があって、あとタイ焼き工場?がある。ここでタイ焼きとか直売してるって。

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その近くの大仏橋?
ちょっと分かりにくいが、橋の上からたくさん釣りしてます。
すごいねえ。田舎の釣りって感じだねえ。
丹沢湖自体は漁業権が無いので、遊漁券は不要。
その代わり放流も無いから全然釣れないそうなw

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でも釣れればデカイ!
というわけでボート乗り場に大物賞の記録が掲示。
すごいねブラックバスとかマスの50cmオーバーがいるんだねえ。
あとはペヘレイとワカサギが釣れるのかあ。
ワカサギは今年は全然釣れなくて、日曜日の大会は中止だそうな。

そういえばコイも見た。

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ボート乗り場近くから。美しいなあ。

大体見た、わけじゃないけどw
とりあえず満足したのでもう一度ダムのところに行き、ダムの真ん中へw
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高くて怖くなってきた。。。。
ここ自動的にスピーカーからダムの説明が流れますw
びっくりした。

ダムがつくられた目的は発電とかあるんですが、一番は酒匂川の氾濫をおさえるため。
丹沢は年間2000mm以上雨が降る、雨が多い地域とのこと。
そういえば大山も雨降山って言ってましたね。

丹沢湖自体は、ダムによってできた湖で、周辺のたくさんの小川が流入する部分につくられたとのこと。
説明のモニュメントがあるんだけど、本当に周りの川が全部流れ込んでるw

そんなわけで200軒くらいの家を立ち退いてもらって、つくったそうな。

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ダムの斜面を歩く。
ここ歩き専用ルートだそうです(職員さんのクルマは通るけど)。
芝生は立入禁止。すごく寝転がりたいw

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公園に降りて、ダムの下にあるこの橋を渡りました。
ええとね、昭和53年度に土木学会の田中賞を受賞した橋だそうです。

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迫力がありますなあ。

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が、渡ったらゲートが閉まってた。
が、手で開けて進んだ(おぃw
たぶんクルマを通さないためのものだろう、と思いましたので。
当たってました。

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茶畑と川沿いを進みます

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このへんは酒匂川漁協が管理。
釣りをするなら遊漁証が必要ですが、そもそも今は禁漁期。
たぶんゲートが閉まっているのはこのへんも理由っぽいですね。

しばらく進むともうひとつゲート。
ここは脇からすり抜ける(こんなんばっかだ
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クルマはダメ、だそうです。

あとは集落に入り、湯本平へ向かう橋へ。
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これで行きの道に合流しました。

あとはひたすら下り。
途中再び道の駅に寄って、ニジマスの燻製とか、野菜とか買いましてw

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麓に帰ってきました。

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おぉ?夕方になるともう雪が無くなってる。。。。

再び午前中の。
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変わりすぎ!

しかし駅に戻ったものの、バスは1時間後(というか、この丹沢周辺のバスって、朝と15時以降なんだよね。。。)で
電車は50分後。
さすが。実家を思い出すわぁ。

山北駅まで行こうかと思ったが、これは途中で歩道が無く断念。
しかし駅の上のほうに食堂見つけた。
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一休食堂。
運ちゃんたちに大人気!
ちょっと寄ってみたくなったがまたの機会に。

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そういえば駅のホームにワンマンの乗り方が書いてあったんだが、
そもそも電車のほうがワンマンになってないという。。。なんなんじゃ。
車掌さんから切符買って横浜に戻ってまいりましたよ。

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燻製、アビオス(小さい芋みたい)、手作りの太いこんにゃく、鹿と猪の大和煮の缶詰購入。
なんか通販で買えそうだけど、手作りとかはやはり味があるなあ、と。
またきたら買おう。

3万歩超えてました。
ほどよい疲労感で心地よかったです。


大浦海蝕洞

雪が降るっつー予報だったが潮時表を見ると
ちょうど昼間に潮位がかなり下がるようだったので、
前から見たかった大浦の洞窟へ。

以前にも何度か挑戦しているんだが、潮位が高いと海に入ることになるんだよねえ

三浦海岸駅につくと雨。
嫌だなあ。
めっちゃ寒い。
身を切る寒さ

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海岸には誰もいない。
どんより寒い。

剣崎バス停まで行き間口港へ。

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この裏側すぐなんですが、その裏側に行くのがいつも大変で。
今日は潮引いておりますが、途中水没しているので長靴です。
生き物いないと思ったら、結構ヤドカリはいた。あと小魚も。

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うはあ、なんだろう、洞窟がかなり壁みたいにふさがってる。
昔の写真とかでは、もっと大きく開いているのですが。
崩れたんでしょうか。
とにかくこのへんの岩は脆い。

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崩れる足場を慎重に上がって、中を覗きました。
だけどこの場所、風雨を遮るのでいいですね。
弥生時代〜平安時代まで墓地として使われていたところです。

ただ場所だけを考えると墓地以外の使い方もできそうですけどね。
緊急避難的な場所にもなりそうだし、普通に住めそうw
崩れたせいか足場も高いしね。

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洞窟から見た海

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周辺のハイキングルートは崩壊している。

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本当はこの洞窟を見ながらさらに岬に回りこんで、隣に小さな浜があるのでそこへ行けたんでしょうが、
もう足場が崩れたのか、なんなのか、進みようがない。
大きい岩が下にあるだけで行けそうだけど、ウェーダーとか必要かなあ。
もっと春の大潮になればいけそうだけど。

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怖いなあ。
次の地震で崩れそう。。。
まあだけど1000年以上前からあるんだから大丈夫だろうか。
縄文海進のときは水没してたと思うが。

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帰り道に、なんか花が咲きそうです。
もう少しで、あともう少しで春なのにぃって感じw

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やたらきれいな庚申塔あったな。
明治期のもの。

82.2kg 風邪ひいた。あと三浦・小松ヶ池 クジラ、しらたき

だるい→関節とか重い→頭痛→悪寒→発熱→下痢
という流れでした。
発熱で汗をすごくかいて、一晩で下着4回着替えた。
だけど汗をかくだんかいにくると一気に良くなって、だるいけど
身体は軽くなったね

朝食、しらたきと豚肉の焼きそば風
昼食、うどん
夕食、ご飯、あん肝、クジラとニシンの刺し身

クジラは南氷洋のクジラ。シー・シェパードの妨害受けているやつですかね。
美味いけど、あん肝のほうが美味いw
まあクジラとイルカを食うのは文化だ、と言いたいならまず食えよ、という話で。
食ってもいないのに文化だとかほざくのはお前が言うなよって話ですし。

というか文化を守れって言うなら、挨拶くらいまともにしろよと。
日本文化を守りたいなら、和食の作り方や和服の着方くらい知ってろよ、と。
ああ、脱線した。

まあ狂ってるのは外国人だけじゃないって話です。ええ。
そんな私はまだ初詣もしていません、ええ。
神社好きって言いながらこの体たらくですよ。
こんな日本人に文化を守れるわけがないwww


また脱線した。

で、とりあえず最初はだるいだけだったので外出して、三浦の小松ヶ池に。
というか小松ヶ池という池の名前も知らなかったんですが、三浦海岸から三崎口駅にいく途中で車窓から
釣り人がいる池があったので、あれなんなんだろう?と思いまして。

三浦海岸駅で降りて線路沿いに三崎口方面へ歩く。
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農道に入る

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農家の塀の上に猫。
こういう風景ってなんか懐かしいですねえ

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畑の中を通り、降りていく。
なんか農道なのにカメラ持った人が多い。
あれ?って思っていたら池につくとバードウォッチャーが結構いた。
なるほど水鳥を撮るのにいいスポットなんですね
カワセミもいるそうです。
こういう常連がいるような場所は大嫌いですけどカワセミがいるのは魅力だなあ

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この池は農業用のため池で、周辺の農家が開発が進む三浦市から勝ち取った池らしいです。
反骨の池でしたか。

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釣りしてもOKだけど投げとかはダメ。浮きとかフカセだけですね。

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この日も3人ばかし、小物釣りの人が。
クチボソとかタナゴ狙いかな?
ブルーギルやブラックバスもいるそうですが、ルアーはもちろんダメでしょう。リールなしで垂らすなら分からんけどw
「投げは禁止でもルアーはOK」というのは釣り人の勝手な解釈で、投げ禁止というのはルアーも餌の仕掛けも全部投げんな、ってことです。クソ釣り人は勝手に解釈するけどね。死ねばいいのにね。

ああ、また脱線した。
風邪明けなので狂ってるみたい。
同じ釣り人としてルールを守ろうね、って言いたいだけです。ええ。ホントだよ?


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桟橋を渡ると線路下へ。

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河津桜のある線路沿いの道に戻る。
なるほどねー

そのまま三崎口へ
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このあたりでもう体調相当悪くなってた

あとは帰宅してずっと寝てました。。。




83kg 金沢文庫-称名寺

朝食、玄米ブレンドご飯+たらこと鮭の塩焼き
昼食、なし
夕食、とんかつ、唐揚げ、揚げ物

酷い
仕事の合間に金沢文庫へ
前回能見堂跡に行って気になってきた
称名寺に隣接している

ここで私は誤解していたんだが、金沢文庫は戦火にあったんではなく、
鎌倉幕府滅亡後も存在していて、しばらくは称名寺が管理していたらしい。
だけど100年、200年とたつとだんだん荒廃していって
徳川家康とかが資料を持っていって散逸してしまったらしい。
むう。。。
まあ戦国時代に入っていけば周辺の有力者に保護されるのも難しいでしょうしなあ。。。
となると能見堂はやっぱり普通にお堂だったのか。
というかお堂に宿泊していた人の記録とかあるそうで。

そんなことがわかったのが県立金沢文庫、という資料館。
地名でもあり資料館の名でもありややこしい

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赤門から入る

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立派な。

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美しい庭園の称名寺

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金沢北条氏は幕府の有力者。15代執権・北条貞顕(といっても実質10日しか執権してないんだが)と、その父顕時の供養塔。貞顕は東勝寺で高時ら一族と一緒に死んだそうな。。。。そうか、金沢ではなく腹切りやぐらのところで亡くなってたんだねえ。

近くに鎌倉の隧道があったり、庚申塔が大量にあったりする。

その後資料館に入り、現在開催中の「武州金沢道しるべ」という企画を見てきました。神奈川に残っている金沢道関連の石碑とかの展示です。250円だったかな。

撮影禁止ということで、見るだけですが、小規模な展示でしたけど金沢文庫周辺の歴史もふまえて分かりやすい解説でした。おかげで冒頭の誤解が解けたりねえ

その後称名寺のハイキングコースへ。結構な急勾配ですが、犬の散歩をしている人もいるくらいでw
ぜーぜー言いながらも回りました
途中観音様が並んでいて、夜だったら怖いw
あとタイワンリスが多いわー
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八角堂。ここまでくるとしんどくない。由来は不明w調べなかった

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八角堂からの眺め。いいっすなあ。こりゃあ有力者も住みますわなあ

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こんな道
落ち葉多いので雨降ったあととかは滑ると危ない
ただまあ距離的にはそうそう長くないので。

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金沢文庫をつくった北条実時と一族の墓。実時は2代執権・義時の孫。で、以前に義時の墓に行ったが、墓のある場所の雰囲気がすごく似てるんだよなあ。

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道の先に墓があり。

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実はこの開けた野原の奥に墓がある、という。

なんだろうねえ、この北条氏の鄙びた感じはねえ。義時の墓、東勝寺跡、そしてこの実時の墓。
どこも発掘とかしたからなんだろうけど、夢の跡だねえ。。。

82.1kg 真鶴

六国峠に続いて真鶴の西側を歩いた。
東側はバスが何本も通っているので何度も歩いたし、釣りにも行ったが、西側はバスが一日に1本というw

朝食、スズキとヒラメ、ムツの刺し身、ワカメと大根のサラダ
昼食、なし
夕食、たけのことほうれん草のクリーム煮

余り物シリーズ。
刺し身3点盛りはヒラメの勝ち。

真鶴の西側は想像以上に開発されていて、全然辺鄙な感じがなかった。
というか別荘地状態。
拍子抜け。
中川美術館のあたりから完全に林道って感じだけど。
結局岬の先端まで行ってバスで帰ってきた。
このときおばちゃん2人組に中川美術館にバスくるか?って聞かれて「全然こないからケープ行ったほうがいいよー」と答えてしまったんだが、普通に中川美術館にもバスくるわw
すまないおばちゃん。。。。

中川美術館のところ三叉路になっていて、帰りのバスも寄ってくれるんだよねー
申し訳ないことをしてしまった。

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高台から真鶴町を見下ろす

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荒井城址公園
春になるとよさげ。梅とか桜あるみたいだし。あと竹林も結構キレイ。
ただ城跡って感じは全然ないなあ
なんか縄文の遺跡跡もあるらしいんだが、後から知った。

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きれいだねえ

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冬ですなあ

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中川美術館近くの展望公園。初島が見えた。
なんとかゴルフというところをまっすぐ突っ切った先にあるw
すげえ違和感

あとこの駐車場に、西部警察の消防車がある

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三ツ石近くで鳥山。
ルアーマンいたけど釣れてなかった

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絵になるねえ
メジナ釣ってました

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三ツ石





82.1kg 六国峠・能見堂跡

朝食、ラタテゥーユ
昼食、なし
夕食、おからパウダーを使ったカツ、ラタテゥーユ

カツは、薄い豚肉をオリーブオイルで揚げたもの。これはかなり成功。
美味ーい

うちくつ?家の中で履く靴というのを購入。あたたかい。

金沢文庫から六国峠に行く。能見堂跡へ。
本当はもっと歩きたかったが、遅かったのとなにしろすごい風で寒いし。
六国峠の入り口は落石でずっと通行止め。
迂回路の看板があるんだが、その道がよく分からない。
線路沿いに歩いて、団地の階段を登ると、あとは山沿いに歩けばハイキングコースに入れることが分かった。
というか能見堂の公園があって、そこにいけばいいのだったw

同じように迷っている家族がいたので、やっぱり分かりにくいと思うな、あの迂回路の案内。
普通に公園があること書けばいいのに。
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本来の入り口。
看板によるともう少しで通行できるのかも。

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久しぶりの庚申塔

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この階段を上ります。
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あとは看板にしたがって山沿いに。

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ここが入り口。
もっと先にいくと不忍池がある。

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最初は上りだけど、登ってしまえば尾根沿いなので平坦

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能見堂跡。
平安時代からあったとか言われているらしいんだが、確かなのは室町時代かららしい。金沢文庫周辺は鎌倉後期に戦火にあっているはずなので、もしかしたらその前は有力者のお堂とか屋敷とかあったのかもしれない。

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見晴らしもいいしねえ。
いかにも館とか寺とかつくりそうだけど。

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池は釣り禁止。
コイとかいるらしい。
釣りは禁止だけど捕るのはいいんだろうかw
テナガエビとかもいるらしいんだが。

遠くで動物園の唸り声が聞こえた。なかなかシュールな。


水間神社

以前見に行けなかったので、見に行ってきた。
三浦海岸駅から歩き。
最初は白山神社を目指す。

相変わらず良い雰囲気の神社です。
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水間神社の行き方のパンフもこの神社にあるのですが、Googleマップを見ていたら、ちゃんと水間神社載っていたよw

というわけで谷戸を進みます。
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荷捌き場の近くを流れる水路。この水路が水間神社につながっています。

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きれいだねえ。

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すぐ近くに海があるとは思えないよねえ。

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大根畑です。

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小さな水間神社。

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それでも地元の人がちゃんと管理しているらしい。

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この水が乳飲み子に飲ませるといい、と信仰を集めてきたんですね。
キレイな水が流れている。

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これはカジカ?ハゼ? 寒いのにちゃんと生き物がいるのが素晴らしい。

そのまま谷戸を登っていきます。
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みかん狩りが三浦でもできるんやなあ

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寒いけど、まだ木の実?なっている。

実は谷戸の奥の奥には普通に新興住宅街があるw
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そして最後に出るのが、なんと引橋の交差点!
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右の民家の手前の道が谷戸につながっているんですねえ。
驚きました。
こんなところとつながっていたの!?と。
不思議な感じです。


三浦半島 諏訪・白山・走湯神社めぐり

先日の神社めぐりの記録。
この日は三浦半島の神社めぐり。

まずは新大津下車で近くの諏訪神社へ。
近くに蛇沼公民館だっけかなあ、そんな名前の建物があると地図で見たので
勝手に蛇沼神社と思ってたんだが諏訪神社でしたw

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いつも京急に乗っている時に車窓から見えていたので気になっていたのだ。
立派な綺麗な神社です。
なにげに創建は824年!
信州の諏訪大社から勧請されたって書いてある。
事実なら鎌倉の神社とかよりも古いですよこの神社。

祀られているのはタケミナカタノミコト。
あーそうだ、この神様、諏訪の神様だもんね。オオクニヌシ様の息子なんだけど、タケミカズチから逃げてきて諏訪まで逃げてきたというw
この話は印象深いので覚えてる。
古事記の話ってなんか絶対背景があるよなあ。。。。

wiki見たらそのタケミカズチと相撲で勝負したらしいんだが、この神社でも三浦相撲が行われていたそうな。
ちゃんとつながっているんだねえ。

狛犬チェック。3種類ある。
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この狛犬プレデターみたいだ。。。。
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稲荷もあるんだが、この稲荷は伏見の稲荷大社から勧請されたという。
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なにげにすごいなあ、この神社。
由緒正しきって感じで。

他にコンピラ様も。
あと菅原道真。
なんだか取り揃えている神様が面白いかも。。。
まあ道真公は学校も近いのでいいかもだが。

立派な社です
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巳年のでかい絵馬が、かわいいw
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ここで駅に戻り、三浦海岸駅下車。
すげえ風。
晴れているけど暴風ですわ。
砂が時々すごい。
ちょうどいいので海岸線から一歩路地裏へ。

まずは十劫寺(じっくうじ?
読み方がわからん。ぐぐれば出てくるのか。
にある笹塚不動明王像を見に。。。と言っても公開はされていない。
が、ともかくその手前の路地にいっぱい庚申塔。
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小さいけど綺麗なお寺。
お彼岸なのでお墓を訪れる人も多い
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ごめん十劫寺(じゅっこうじ)でした。
ぐぐったら出てきた。

そういえばここの不動明王の説明看板薄すぎて。三浦市は手入れすべき。

マカセ由緒
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最初なんやら分からなかったが、紀州のほうからマカセ網でイワシとりにきた人の墓らしい。
近くに海難慰霊碑もある。
江戸時代あたりにイワシを追ってここまで漁にきて亡くなったということらしい。
そういえば長井とかにも熊野神社とかあるもんなあ
三浦は和歌山あたりとの縁は深いですな

テクテク歩くとこの町並みがうまいなあ、と。
路地ってうまく風を避けているんだよねえ。
島の集落とかに近い感じ。

野菜の直売所とかあるんだが、夏野菜が終わって今は何も置いてない。
もう少し時期がずれると秋野菜とか冬野菜とか並ぶらしい

そんなことを思いながら白山神社。
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バス停になっているくらいなのでこのあたり歩いていると名前は覚えている。
だが、創建は由緒書きにないなあ。

三浦一族の菊名氏の守護神。
あーだからこのへんの海岸は菊名海岸なのか。
今知る衝撃の事実w

ともかく三浦一族と一緒に菊名氏も滅びたそうな。
それを江戸時代に復活させたという。
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小さな神社だがこの参道は好き。
周りはもう住宅街だけど、ここだけ残している感がいい。

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もともと滅びる前は社殿から見える丘にあったらしい。
ということはこの写真の正面ってことかなあ。

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独特の色合いの社。
耐火建築らしい。

ここは裏手に横穴古墳があって玄室が覗ける。
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キレイ。
なんか朱塗りも見えるらしいが分からなかった。
奈良時代の豪族の墓ではと言われている。
あーなんか昔から発展してそうな土地だよな。風光明媚で温暖で。

実はこの近くに水間神社という神社がまたあるそうなのだが見逃し。。。。

白山神社の近くに法昌寺。
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ここは入り口に馬頭観音があったり。
立派な神社でやはりお彼岸なのでたくさん人がおった。

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本堂裏の墓地の奥に五輪塔や石仏や横穴古墳的なものが。
大昔から墓地だったんだろうなあ。

さらにこの近くに菊名氏の墓があるとか、ガイドブックに書いてあるんだが、どこかわからんわー
諦めて先を進む。
なんか雰囲気が素朴で好きなんですが。

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道端には庚申塔。

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荒れてるのでウィンドサーフィンにはいいみたい。
釣り人は全然いない。


走湯神社へ。
元参道と思われる路地を進む。
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いかにも参道を拡張、削った感のあるw
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ここにもこーしんとー。
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キレイな神社ですが、由緒書きとか無いなあ。
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誰もが思う「温泉と関係有るのか?」的なことはさっぱりわからず。
三浦の温泉は少ないもんなあ。
阿部倉温泉くらいですか?
昔はもっとあったらしいですが。

どんどん荒れてるw
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このへんでトイレ行きたくなるんだが無いんだよねえ。
金田漁港まで行けばあるかと思って我慢。
レストランKANEDAのある建物の裏にトイレがあった。助かったー。
土曜日とかに地魚の朝市があるところです。
ここも一度行ってみたいんですが。

小浜漁港のほうに向かうと。
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ずっと気付いてなかったがフェンスの裏に馬頭観音があった。
右の石碑は川原とか書いてあるがよくわからない。

じっくり丘の上に登って
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広々としてますなあ。
一面畑で。
ヤマザキショップやってた。

ここから松輪港を目指す。松輪サバで有名なところです。
まあ畑の道を進むんですけどね。
風つよいわー。
なんか以前もここを歩いたんだがそのときも風強くて。
集落がポツポツあるだけなので寂しい感じがまたたまらん。

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畑にも庚申塔。

港の近くで庚申塔。
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一つの観音様はやたらボロボロで気持ち悪いんだが。
海風の影響なのか、火事とかで焼けたのか。

松輪港の端から大浦海蝕洞窟を見たい!のだが。。。。
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大荒れで岩場沿いは無理。

うーん、あとすこし角度があれば見えそうだがw
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弥生時代とかの痕跡があるそうな。
またこんど見よう。

松輪(間口)港。
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釣り船がガシガシ戻ってきていた。

奥の道を進むと丘の上に出て、釣具店近くの剣崎のバス停がある。
三浦海岸駅へ戻るとあっという間なんだよねえ。なんか損した気分になるw

78.9kg 引き続き眠い

1万4000歩

朝食、トクホのカップヌードル

なんか名前忘れたが大葉を使っているとかなんとか。

昼食、鳥と野菜の蒸し焼き

夕食、茄子入りカレーライス

雨が降ったり。
久々にセミが鳴いてたが、1匹だけかなあ
でかいバッタがMM地区には多かった

昨日に引き続き大桟橋に船が。東海汽船だっけかなあロイヤルウィングってやつが停泊。

昨日。
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今日。
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差がすごいなw

一日仕事。
あーゆっくり着実に進む感じ。
東京オリンピックが決まったが、決まったあとの日本のプレゼンチームの笑顔がよかったわ。本当に一生懸命やって報われたんだなあ、というのが伝わってきて。その分野の一流アスリートや有名人たちがさあ、あの喜びですよ。首相も本気であれは心底満足して喜んでる感じが伝わってきたし。あれは選挙に勝つとかとは違う満足感があったよなあ。

日本で勝手に騒いでいる連中にはひとかけらも何も感じなかったが、いや、川合俊一兄貴は徹夜でご苦労様ですってかんじでしたが。

とにかく現地で頑張った人たちの笑顔は見習わんと、と思って日曜日にコツコツと一生懸命仕事をしたわけ。

ま、その結果、さらにダメ出しされるんですけどおおおおおおおお

というわけで結果が報われるとは限らないということが分かりましたw
ええねん、日本も前回敗れてるわけだし。ええねん。

三浦観音・白浜毘沙門天

このへんはよく行っているのですが、毘沙門天は見たことなかったので。

バス停松輪下車で、庚申塔探し。
郵便局ぐらいしかないんですけど、庚申塔はいっぱいある。01002_R
道端にまとまって大量にある。

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こちらは少し敷地の高いところにあった

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昔の名残かな、小さい祠があったり。

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こういう庚申塔の設置は三浦半島らしいな、と思う。

江奈には三浦観音がある。
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集落の間を抜ける。

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お堂とか、観音様が大量にあるところの脇から山の上へ。

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毘沙門天ってどうお参りすればいいんでしょうか。。。。

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江奈の港が見える。

由来とかはよくわからんが。
古くからの霊場だそうです。

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江奈のゴミ捨て場の横にも庚申塔。

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江奈湾の干潟。貴重な場所で鳥の撮影にもいいところです。

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丘の上に上がると一面畑ー。
これもまた三浦半島の姿なんですよね。
ほんとこの畑の景色が好き。
ただしときどき肥やし臭い。

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毘沙門天も畑の道をとぼとぼと進んでいきます。

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来ました。
もとは寺だそうですけど、今はお堂があるだけかな。
およそ700年前に開かれたそうで。

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狛犬が優しい顔。たぶんお母さん

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たぶんお父さん

そのまま海岸に降りれます。
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このあたりは洞窟が多い
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なかでもこの草に覆われた洞窟。
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これが弥生時代の遺跡なんですねえ。
住居や墓として使われたそうで、石器とか出てきているそうな。

ただなあ、この小ささで本当に住んでたんですかねえ。
弥生時代というと西のほうではきちんとした集落できて、コメ作りしている頃なわけですが。
なんかむしろ漁師小屋だったんじゃないの?とか素人的に思うんですけどね。
だって横浜市内の遺跡ってやたら丘とか山の上にあるしさ。
ここも本当は丘の上に住んでたんじゃないの、とか思う。しらんけど。

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三浦半島は海岸沿いに、なんだっけ、歩くコースがあるんですがその一部。
ただ実際はもう整備とかできてないんですよね。
ここでも看板の一部と思われる残骸とかあったし。

最後は宮川公園のうしろw
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ここは公園に風力発電の風車があるんだが、もう見飽きたw
むしろ背後のこの畑の景色がいい。
遠くの山が削られているところとか。
たしかあのあたりはバスで通る道です。

意外とそのへんにゴミ処理場とかあってゲンナリしますけどね。仕方ないか。ゴミは出るわけだし。
このへんまでくるともう三崎港まで歩いて行っちゃう。
野菜の直販所が多いのでそのうち買い出しにも行きたい。
夏場はスイカがいっぱい売ってるんだけど、8月も20日を過ぎると終わりですねえ。もう閉まってる直販所とかもあったし。

79.1kg 武蔵国分寺跡へ

朝食、麻婆茄子、照り焼きの鶏肉

昼食、なし

夕食、油揚げピザ、ヨーグルト

この油揚げピザが凄まじい下痢を引き起こしたw
水のようだ。
体調はとくにどこも悪くないのだが、ひたすら水のような下痢、というのは結構壮絶なんだかマシなんだか、というw

本日は1万3000歩。
仕事で都内に行ったので武蔵国分寺跡を一度見ておこうと。
国分寺駅まで行ってあとはほぼ道なり。
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国分寺駅周辺がそもそも台地の上というか。
この台地から水が染みこんで、湧き水となって国分寺跡へと流れているんです。
ちゃんと国分寺の立地条件も考えられているのが分かる。
それとこのあたりはなんというか昔から田畑があったんだろうなーって感じがする。
山に囲まれていないのがね。
今では開発がむちゃくちゃ進んでしまっているけども。

国分寺公園のところで雑木林の道とか言うのに入る。
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国分寺公園自体は、国分寺に近い公園っていう意味のようで、跡地にあるわけではなさげ。

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跡地は森が入り口。
ここで地図があったんですが、いやー武蔵国分寺跡地は広い!
本当に広い。
相模の国分寺跡地よりさらに広いのがよくわかった。

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こういう湧き水があるんですよー

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野菜の直売所があって惜しいことをした。。。
このときSuicaしか無かったのよ。
もっとも西国分寺駅内で野菜売ってるんだけどw あそこならSuica使える。
このあたりの小川にはホタルもいるそうです。

あとやっぱりというか何というか、もやもやさまぁ〜ずとかちい散歩とかブラタモリでこのあたり来ているそうなw
まあ都内では珍しいほどの小川のある森ですわ。

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こんな趣のある道を通るんですよ

近くに資料館があるんですが、月曜休館日。。。。もっとも現金ないので入れないですが。

ややこしいのが、国分寺は再興されて、現・国分寺もあるというのがw
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現・国分寺とその楼門。
楼門はもともとは別のところにあったそうで。
なんかどんどんややこしくなるなw

ただこれらも200年くらい前の歴史があるそうな
ええともともとの武蔵国分寺は鎌倉時代に合戦で燃えたそうで、それを新田義貞が再興。
だけどまた廃れてまた再興した、というw
今は立派なお寺さんですが、規模は超縮小。

ただねー武蔵国分寺が741年の聖武天皇の勅でつくられたとするじゃない。
その後1200年台まで残って燃えたわけで、それだけで500年の歴史がある、ってことになるわけで。
それが可能なのかと。
ただなー律令国家〜平安時代までの流れって、まあ一応天皇制がもっとも機能してた時期でしょうから
ちゃんと機能し続けていてもおかしくないのか。

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現・国分寺の薬師堂
なんかミツバチの巣やスズメバチ危険とか、ハチのたまり場w

その脇の八幡神社
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由来はよくわからんが。
ただ八幡神社ってことは源氏ゆかりの?新田義貞と関係あるんだろうか

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神社の裏に竪穴式住居があって、これがもともとの武蔵国分寺周辺の住民のものでは、と。

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あとここの神社の狛犬はちょっとかわいいかも。
昭和8年製だっけかな

で、本気の武蔵国分寺跡
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うーとね。
面積自体はすごい広いんですが、相模国分寺跡のように広々とつながっていなくて、道路や住宅で分断されていますw
なので広々ーという感じはあまり。
まあ広いッチャー広いんですが、相模のような広さを期待すると拍子抜け。
ただし周辺の跡地の空き地を回っていると、本当に広くて。
礎石も残ってますし。

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これは七重の塔があったらしい跡地。
一度焼けて埼玉の方の役人の長官が復元したらしいんだが、その後失われた模様。

離れたところに武蔵国分尼寺跡。
相模と違ってここはかなり整備されている。
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真ん中を鎌倉街道が突っ切るというw

なんかこの話からしても、鎌倉時代のあたりにはもう武蔵国分寺とかの影響がなくなっている感が。
やっぱりその頃には消失してたんでしょうかねえ。

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10人くらいの尼さんと見習い、召使いとかがいたらしいんだが、その規模をどう維持していたのか。
どのように崩壊していったのか。。。

ただなあ、考えてみれば国分寺や国分尼寺ってのは天皇がつくれって言ってるわけで、じゃあそこは天皇の土地ってことにならんかね。
そう考えるとなんか有効利用されなかった理由がそのへんにありそうな。
天皇の土地に住むとか、砦とか館として再利用って、しにくいか。
滅んで再利用って軽々しくできにくい土地だったのかもなあ。
だから中途半端に畑になっていたりするんだろうか。。。。

最後に西国分寺駅に向かいながら「東山道武蔵路」を見に。
これってブラタモリだかタモリ倶楽部だかでやってたような。
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この黄色い路が昔の路の跡だそうで。

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発掘のレプリカ。
うん、明らかに歩きにくいなw
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説明板が面白い。
この古代の道を見ると中心が奈良・京都周辺だとよく分かる。

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当時の道って意外とまっすぐなんですよね。

ただね、看板やWikiとかで調べると、当時の旅の過酷さというか。
あまりにも街道を通っていて途中で餓死したり病死する人が多いので、救護所として「非田処」ってのを作ったそうで。

今だったら考えられないよな。旅の途中で餓死するんだよ。
だけど江戸時代とかならともかく、宿も集落もほとんど無い時代なわけで。集落があっても竪穴式住居だしなあ。そんな時代にそもそも道中で気安く食料を得ることはできないわなあ。。。。

なんか当時の旅って本当に死を覚悟するものだったんだな、と。
そんな死を覚悟する旅をして、国分寺や国分尼寺へ送られてくる僧や尼さんってさ。。。
もしかしたらすごい貧乏貴族の娘さんとかが押し付けられて送られてきたんではないか、とか、あるいはもう家で持て余した不良娘を殺すつもりで親が送り込んだとかさ、ありそうでさあ。。。

寺や道の崩壊って最後がどうなっていたのかってよくわかってないんだが、それって逆にいえば記録できないほど統治能力が落ちて、国家が破綻していたってことだからどうにもねえ。
滅んでいく世界を傍から見る分にはノスタルジックなんですが、当事者の気持ちを考えるとなあ。
途方に暮れて、餓えながら都へと帰っていったりしてないかと。

そもそもそういう経験をしていれば、何か記録を残そうと思いそうなものですが、そういう記録が無いということは逆にそういう経験をした人たちが、その後もそれどころではない苦境を背負っていた。皆滅びに巻き込まれて生き残ることはできなかったのでは、とまで考えてしまいますなあ。。。。

ただ一方で、今たとえば役所とかが別のビルに移った、官庁が統合された、なんてときに昔の役所をいつまでも思っているか、というと疑問でもあるわけで。20年くらい経ったら皆気にせず、忘れてそうでもある。
そう考えると、まあ意外とそんもんなのか、と思わんでもないw

相模湖・石楯尾神社

相模十三社最後、石楯尾(いわたてをの)神社です。
こういうややこしい呼び方が古代っぽくていいです。

最寄駅は藤野駅。
もう隣は山梨県ー
ちなみに高尾山もすぐ近く。
このあたりは辺鄙っちゃー辺鄙なんですが、休日は電車相当混みます。
まあすぐに乗換になってばらけますけどね。

私は横浜線ー中央本線という流れで乗り継いで行きましたが、このあたりが
もう東京なんだか神奈川なんだか山梨なんだか、という。
まあどうでもいいんですけど。

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ホームの前に神社の看板。
さすが頑張っているなあ。

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藤野駅。
湖を見下ろせる場所にあります。
近くに直売所もあった。

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あの橋を渡るぞー

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盆休みに入るというのに車は少ない。
人も少ない。
なぜなら猛暑だから。

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相模湖はグリーンです。はい。
まあバス釣りのボートはそれなりに見ますが多くは無い。
真昼間だしね。

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このあたりはハイキングコースがいっぱい。
直売所や自販機もあるし、人家が多いので安心だし、芸術家の集まる街、ということで売り出しているので結構歩いているだけで楽しい。

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このあたりは墓が寺ではなく、自分の家や畑に個別にあるんだなあ。

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これは昔のお墓?それとも庚申塔系か?

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開かれているけど山の中ですねえ。

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草刈りをしている人たちの小道に入ります。

ときどき大型ダンプとか通るので怖いが、基本車も人も通らない。
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少ししてきました。
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おお、なんか石楯尾神社は大庭神社級の荒れ具合か?と心配になった。

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おお、この落ち葉のつもり具合。。。。

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大じょぶか?

大丈夫だった。
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こんな赤門が出迎えてくれる。

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こじんまりとしているが、きれいな拝殿があって手水もキレイ。
実は裏にちゃんと宮司さんのおうち?があった。
管理されているのだ。

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それにしても朱塗りが立派。

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細かい装飾も。

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狛犬は古いタイプだが、これ子犬が蹴鞠で遊んでいる?
今までに無いタイプがまた出ましたよ。
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裏の社務所?などの建物には猫さんがのびのびと。

このまま上野原駅方面へ向かう。
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こちらはもう相模湖の上流で桂川になる。
といっても広い河川敷があってまだ湖の雰囲気。

バス釣りやコイ釣りがしやすそう。
真昼間に何人かやってた。
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アユ以外なら1日800円
年券でも4200円ってのは安いね。1万円くらいするのかと思ってた。

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広いなー

橋の上から川を除くと、20cmくらいの小バスの群れや40cmくらいのコイが泳いでいる。
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正直、もっと魚がいない湖だと思ってたんだが(失礼)
それなりにいるにはいる。
ベイトになる小魚も結構見たし。
だけど釣れるかどうかは別だしな。
警戒心も強かった。

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道祖神。新しいね。

山の中の道に行き、再び藤野駅へ戻る。
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古びた神社がポンポンと出てくる。

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関所跡。
やはり甲州街道沿いということで歴史の遺物が多いのか。

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国道20号へ出た。

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ボロボロの庚申塔。

20号線沿いにずっと進む。
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駅が見えたー

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最初に通った橋も見えたー

国道や幹線道路は交通量多いのがネックですが、山の中の道はのんびりしているので歩くには良いところです。
ここももっときたいんですがねえ。

靖国神社の狛犬とか

九段下の参道から。
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やっぱり東京のど真ん中にこの規模の神社があるのは凄いと思う。
すぐ近く皇居という場所。

9日の平日だったので昼休み中のサラリーマンが多い。
いわゆる右と称した野戦服的な方々もたくさんいたが、まああんな柄の悪い車と恰好している人間は、ご先祖様方としては一番一緒にされたくねえな、って感じでしょうねえ。

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狛犬もでかい!
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この狛犬はなんかキモイな。
なんだろう、このガマガエル的な頭は。
ただ子犬はいる。

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そして蹴鞠。
うーむ靖国にもあるってことは子犬&蹴鞠の狛犬ってそれなりにスタンダードなのか。。。

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こちらは狛犬というより獅子というかライオンというか、そんな感じの生き物に見えるなあ。
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このまま進むと拝殿へ。

ここから警備員さんとかスーツ姿の神職?の方とか増える。
たしか巫女さんもいる。

裏のほういくと庭園。
キレイな錦鯉とか泳いでて子供たちが遊んでました。
意外とね、こういうのんびりした光景を戦死したご先祖様たちは見たいのかもしれませんよ。
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この狛犬は迫力がある。
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靖国神社の狛犬はほんとバリエーションに富んで面白いです。

松田の寒田神社

相模十三社のひとつ寒田神社いろいろ。
延喜式内社です。

駅からちょっと歩いた松田小の横にある。
周辺には商店街がいっぱいあるんだが、どれも静かなんですよねえ。
まだまだ過疎化には早い土地だと思うんだが。
完全に田舎のばあちゃんち感ですが。
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なんかやたら入口が斜めだw

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隣が小学校、前が住宅街という狭い一角で、入口からしていかにも窮屈そうに残っているのだが、
不思議とよく合うから面白い。

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境内は結構広く、社務所や神楽殿?もある。
きちんと管理されている神社だ。

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立派な狛犬があるんです。

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この仁王立ち感。
お尻を突き上げ、四肢で踏ん張る感じ。

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2頭の狛犬に、子犬も2頭ずつ。計6頭のご家族です。

これまでに無いパターンだなあ。

さて寒田神社の由緒もすごく、なんと仁徳天皇の時代に創建という。神社の看板ではこれが西暦315年。マジでか。祀っているのはヤマトタケル他。
いやマジなわけが無いんですが、ただこんなことも書いてある「足柄平野が開拓されて人々の心のよりどころになったんでは」と。
思うに、この寒田神社ももともとは誰か別の神様を祀っていて、大和の影響が東国に及んで、それならそっちの神様を祀りましょう、となったんではないかな、とも妄想するわけで。
まあ妄想ですが。
だけどここって足柄とも近いしさ。
古事記的にヤマトタケルに平定されたんじゃないかね。
それで「いやあヤマトタケルってのは強いなあ。こりゃあ新しい神様だなあ」的なことがあったんではないかと。
ええ妄想ですが。

近くの酒匂川。
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山並みがキレイですねえ。
近くに「おとり」の看板があったので、アユ釣り場かな。
このへんは川に立ち込んだ釣り人多い。

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川から寒田神社方面を見る。
松田小の脇の森が寒田神社。

このへんもいいところで。
またきたい。


77kg 塩イカ、あるいは有鹿・小野神社へ

1万1500歩
久しぶりの77kgなので大事に育てていきたい(なにそれ

朝食、塩イカとキュウリ・ナスの漬物との和え物

塩イカは信州の名物らしいのだが食ったことは無い。だがスーパーの店頭で売っていたので買った。
しかしたぶんこの「塩イカ」は信州のものではない。
信州では、皮を剥いで漬けるようだが、皮が剥がれていない。
青森産だが、青森でとってそのまま面倒くさいから塩に漬けた感がある。

が、ともかく塩抜きして野菜と合わせて食べるとそれなりに食べられる。

昼食、なし

夕食、菓子パン

瓜をまた買ってきたのでグレープフルーツジュースに漬けた。これはたぶん良いデザートになりそう。

相模十三社の残り5社中2社を訪ねる。
相鉄線で海老名下車。
海老名といえば国分寺跡だが、今回は逆方向の有鹿神社へ。

そもそも海老名は街中に田畑が残っている街。
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厚木と並んで県央の代表的な街だが、横浜ほど中心部が開発しきっているわけではない。
なかなか味わい深い街。


で、有鹿神社は有鹿小の脇にある。
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昔の参道っぽい道がまっすぐ伸びてる。


住宅街の中にある神社。
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近くには相模川が通る。

ここもまた広々した神社。
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社務所もあるしキレイだ。
小学校や住宅街に囲まれたせいで厳かな感じは無いが、ちゃんと維持されていてオアシス的。


ここの由緒書きによると、なんとですねえ。
ここに祀られている神様は縄文の神様なんですっ!
きました!
きましたよー!

泉があってそこの水神が信仰されていたという!
で、弥生時代あたりに「有鹿大明神」となって神社を創建したそうな。
いやあ。
この神代の時代をぶち壊す縄文文化!
素晴らしい。

ここにいるのは大和の神ではないんですねえ。
天皇系の神でもない。
縄文の「水」の神。
人の形をしていない神さまなんです。
いいねえ。
ある意味正直な、おそらく本当に縄文時代からあったんじゃないか、と感じる逸話です。

で、さらにですね、どうも国府がこのあたりにあったらしい、とも。
相模の国分寺ともつながっていたそうですが、海老名氏がこのあたりに入って地名なども変化していったそうな。

ただその海老名氏も室町時代の大乱が2回あって(鎌倉末期と戦国時代初期のことでしょうか?違う?)
滅亡。
それから再興したそうな。

しかもですね、この神社は本宮、中宮、奥宮と3つの場所からなっておりまして。
地理的には3箇所近いんですが、今回はこの本宮を見て終了としました。

狛犬は4頭。
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子犬がお乳吸ってる?


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その対になっているこの狛犬は壊れたみたいだが。。。蹴鞠じゃないよなあ。なんかもしかして向きが逆?なんか違和感が。

より奥の狛犬も子犬と蹴鞠タイプ。
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梵鐘もあるし、典型的な相模の神社って感じ。
周辺にも神社仏閣が多い。

帰り道に庚申塔と道祖神が。
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そのまま道を真っ直ぐ戻るとやがて厚木駅。
ここで小田急で本厚木へ。相模川を渡るわけです。

で本厚木でバスに。
ここから小野神社へ行きます。
バス停9番、七沢温泉方面行きから小野宮前へ。
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9番ならどの系統でも行けるみたい。だから本数は結構ある。

結構長い道のりですが、下りるところはローソン前。
ここのねえ周りが田畑がいっぱいで。
玉川沿いでねえ。
とてもロケーションが良い。
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玉川を渡る。写っている山って大山ですかねえ。
いいなあ。

橋を渡ってすぐです。
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周りは田んぼ。
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とても素朴な神社です。
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キレイだけど社務所は無いみたいだし、地元の人が管理している感じ。
遊具があったり、田舎の素朴な神社だなあ。
好きだなあ。


ここには狛犬も梵鐘もいない。
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だけど道祖神がたくさん並んでる。
ちょっと稲荷さんが荒れてるのがアレだが、裏手の干された玉ねぎがいいねえ。

ここも結構周辺に神社仏閣があるそうで。

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玉川と大山のこの景色が素晴らしいなあ。
ちょっと自然と歩きたくなる。
個人的にとても好きな場所です。

意外と近くにバーミヤンとかあって驚くがw

帰りには雨が降ってきたが、バスの本数が多い。
本厚木と愛甲石田駅行があるので1時間に4本はとおっていると思う。
田畑ばかりであることを考えるとかなり交通の便はいい。
また歩きたいな、と思う良い場所でした。













79.2kg 深見、宇都母知、大庭神社探訪

2万8000歩
朝食、天ぷらうどん

昼食、なし

夕食、キュウリのサラダ、リンゴとヨーグルト、焼肉

キュウリは神奈川産。でかい。皮が厚い。食べごたえはあるが食感がいまいち。
大量にあるので漬物にしてみる。

今日は相模十三社の残りを訪ねて。
まずは大和の深見神社。
その前に駅前の天満宮に寄る。
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由緒書きが無いのでよくわからぬ。
祀っているのは学問の神・菅原道真公。
その時点で興味をなくすが。。。

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この狛犬、尻尾をピョコンと立てて可愛いかも。


そのまま深見神社へ向かう。
わりと近い。
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なかなか参道とかが短い割にキレイで場所的にも丘の上でロケーション抜群。
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だが「撮影禁止」の看板。
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ありゃりゃ。

周辺に豪邸あったり小学校あったりするので防犯の意味もあるのかなあ。
見た感じ金がかかっているのは分かった。
ここ伝承によれば雄略天皇の時代、485年に祀られたとか。
ここもまた神代の歴史のある神社なんだがうーん、仕方ないか。21世紀だし。

大和駅に戻り小田急で湘南台駅。
ここはキツイ。
バイパスをひたすら歩く。
最初は典型的な市街地のバイパスで、次に工場地帯のバイパス。
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最悪のロケーションが続くが、
途中から一気に畑が広がり、そこからは気持ちいい。
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湘南台周辺はいかにも新興宅地って感じだからねえ。。。


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慶応大学近くまでくると、なんつーか、湘南台キャンパスは慶応大学とは思えぬロケーションにあるよなあ、と。
畑の真ん中みたいなところだ。
日吉のキャンパスとはえらい違いだ。

その慶応大学の近く、畑の中に宇都母知(うつもち)神社はある。
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いやーいいですなあ。
もう名前からして古代からあった感ですが、とにかくそのロケーションが。

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鄙びている。
完璧に鄙びている。

寒川神社と比べると、もう本当に同じ延喜式内社か?と思うわなあ。
まあ寒川が立派過ぎるというのはあるが。

ただしここもしっかりした社務所はあるし、キレイに掃除されている。
管理は行き届いているようだ。
もっとも人は。。。近くの工事のおっちゃん?が昼寝していただけ。。。

まあ、だけど理想の田舎の神社ってこんなイメージがある。
この神社も由緒正しき雄略天皇から祭事を行ってきたらしいんだが、素朴だ。素朴な神社だ。
好きだなあ。

あとここの狛犬は例の子狛犬と蹴鞠タイプ。
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あとここにも隣に神社の鐘が。
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近所の猫たちの昼寝場になっていた。邪魔してすまぬ。
地神塔などもあった。いいすなあ。


神社の前の畑。
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本当に周りは畑。

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神社のあるあたりは少し丘。
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遠くに町並み。
こう見ると、結構このへんも昔の豪族が拠点にしてそうだよなあ。



慶応大学のバスターミナルから駅に戻ろうと思ったが、次の大庭神社はこのままバスで行けるな、と。
そんなわけで辻堂駅行きに乗る。
神奈中バス。
住宅街とか通るので、やたら曲がるんだがこっちの道のほうがいいなーと思いながら見てた。

大庭小学校前下車で歩き。

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舟地蔵公園のあたりでGoogleマップに従って山の中に入ったんだが。。。。
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どうやらですね、大庭神社の跡地にきてしまった。Google先生!頼むよ!

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ただ苔むして兵どもが夢の跡的なイイ感じ。

もう訪れる人も稀なんでしょうけどねえ。
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じめーっとしていて小さな社がある。
この周辺は大庭城跡なので、いろいろ思いますねえ。

大庭氏といえば源頼朝挙兵→撃退するも→結局頼朝に敗れる、というイメージだったのですが、
実際に死んだのは大庭かげちかで、その後も大庭氏の一族はとりあえず頼朝に仕えているのですね。
ただ結局早々に北条氏に滅ぼされるんですが。。。

それでもこの大庭の領地は荘園だったそうで、たしかに今でもとてもきれいな田園風景が広がっているんですよねえ。。。。いいところだねえ。

なんか「殿!まだ我々は戦えますぞ!大庭の地は健在!鎌倉のこわっぱどもに目にもの見せてやりましょうぞ!やつらは所詮観光だけのチャラい連中ですぞ!」とか滅んだ大庭氏に言ってみたくなる。

あとこのあたりにはやっぱり縄文時代の遺跡があるそうで。
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このへんはいかにも古代の豪族がいそうだなあ。
というか古くから荘園だったのなら、そういう豪族の人たちが開発して成功した場所なのだろうか。


で、結局地図帳開いて、近くにあることを確認。
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田んぼ横切って川沿いの公園に。

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この公園すごいイイ。
人も結構いるんだけどキャパが余裕で。
広々使える。
ウォーキングだけでなく、ボール遊びとかピクニックとかにもいいねえ。
横浜の公園とかの混雑っぷりと比べるとのびのびできる。

で、そんな公園の脇にあるのが大庭神社だが。。。。
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んーーーーーーー
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これは。。。。

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ずいぶんと廃れている。。。。。
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ここも鐘があるけど。。。鳴らしている人いるのかねえ。。。。

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うわー。。。。って感じですね。
栄枯盛衰を物語るというか。
さっきの宇都母知神社が鄙びている、なら、大庭神社は滅びている、だなあ。。。。。

これはやっぱり大庭氏が滅びてしまったのが原因なのかねえ。
ここまで人気無いかあ。
最低限の掃除だけって感じかねえ。
一応例祭あるみたいだけど。。。。

社自体は拝殿と本殿ある本格的なタイプなんだが、いやーなんだろう、周囲がじめっとしていて狭くて、草ぼーぼーで。。。。
見捨てられた感が強いなあ。
たぶん相模十三社で一番滅びた感あるんじゃないかなあ。
打ち捨てられたというか。

もちろん社務所なども無い。
一応ハイキングコースに組み込まれてはいるようだけど。

そもそも創建年代不詳だそうだが、延喜式に載っていて、しかも周囲に有力な荘園があって、縄文の頃からの
遺跡もある、となると元は相当古そうですけどね。なのにこの有様ですよ。。。

例の源氏に逆らった大庭景親がカミムスビを祀ったんだっけかなあ。
カミムスビは産めよ増やせよ的な神様なので、田畑が多い地域ならなるほど、って感じではある。
というか大庭氏って滅んでいるからなんかしょーもないイメージがあるけども、
この荘園を代々ずーっと守ってきたのならなかなかの一族という気もするし。

で、その後菅原道真とかも祀られているそうなのだが、もともとは誰を祀っていたか気になりますねえ。
歴史的に考えるともしかして、本当は古代の豪族とか祀っていたのでは、とか妄想したくなる。

この時点で夕方なので、結局大庭城の跡を眺めつつ、大庭小前の元のバス停に戻ってバスで辻堂へ。

伊勢原 比々多・高部屋神社めぐり

これは29日の。

この日に比々多神社を訪ねたので相模六社をクリア。
川勾神社だったか、相模の国の神社めぐりのパンフレットがあって、いつの間にか結構
たずねていることに気付きまして。

そのパンフによれば、昔も奈良・平安時代の国司は、赴任してくると相模の国の神社をたずねていたそうな。

で、この日は鶴巻温泉駅で下車した。
本当は陣屋ホテルとか見てみたかったんだが(王位戦だったし)、もう完全に夕方でそんな余裕がなかった。

まず歩いているといきなりなんかある。
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箕輪駅跡。
なんでもこの駅(馬置き)、奈良時代の古東海道の頃の場所だそうで。
足柄からこの駅をとおって国府津のあたりに行き、相模川方面というのが当時の国司のルートだったらしい。
さらに鎌倉以降の矢倉沢往還でもこのあたりをとおっていたそうな。
思わぬところで古道に出会う。
これが伊勢原方面のポテンシャルだと思います。

とにかく道ばたに地蔵とか祠とか道祖神とか多いんだ。

比々多神社へは比々多の交番の脇から入ります。
住宅街なのですが、和菓子のお店があってなんとなく昔の参道の名残?とか思います。

ただしばらく進むともう完全に田畑のど真ん中ですが。
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まあ、だけど気分はいいよね。

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こういう祠が好きです。

比々多神社の脇に入ってしまったが、そしたらちょうど三ノ宮・宮ノ前遺跡が。
神社の裏手の駐車場のあたりにあるんですが。
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これが縄文時代の頃で1万年前だそうで。
きましたよ。
こんな遺跡があるところに神社がある、これ。これですよねえ。
神社のあるところに古代の遺跡アリ、という。
やはりねえ、なんかあったんだと思いますよね。
神社が創建される頃とさらに昔の時代との接点が。
豪族の拠点とか墓とか、そういうところに建った神社って多いんじゃないのかなあ。

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比々多神社もなかなか趣のある良い神社でして。

創建は神武天皇の頃と伝わっています。マジですか!もう延喜式内社は神代の時代につながっているので
興奮してしまう。
延喜式は905年から編纂が始まった法典だそうで、その中に載っている神社が延喜式内社と呼ばれている。
だから延喜式に載っている時点で、その神社には1000年以上の歴史がある、と証明される。
相模の国には13社があり、私は5社たずねている。
大山の下社も含めれば6社だが、やはり上社に行かねばなるまい。
それはもう少し落ち着いてからだ。なにしろ登山コースだし。

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ここの狛犬はスタンダード。がおー。

そういえばここの神社、たぶん子供向けなんでしょうけど、リス?とか動物のちょっとキモイ感じの石像が結構あります。。。。。あれ夜には見たくない不気味さがあります。。。。

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夏越しの大祓いの茅輪くぐり。ちのわくぐり、でいいのかな。八の字みたいにくぐって、穢れを浄化する。
水無月にやる行事だそうで、6月、旧暦の5月の行事。そういえば足柄峠の明神社跡にもありましたね。
ただもう7月も終わりにもやっているのはよくわからぬが。
ただ、こういうのきちんとやっていると神社!って感じがする。

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ここは小さい鈴がいっぱい結ばれてる。
なんかこういうのも、でかい鈴、銅鑼、何もなしとか、違いがあって面白いですよねえ。

帰りの小川の橋のたもと。
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こういう元なにかの塔かやぐらがあった痕跡があるのが伊勢原って感じですわ。
もう由来も分からないけどねえ。

ほんと神社とかこういう小さい石碑もそうですが、由来書きをしておくべきだと思うんですよね。
どんな些細なことでも記録して残して、皆に分かるようにしておく。
そうしないとねえ、人は忘れて壊してしまうんだなあ。。。。

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ポストの脇の道祖神ともうひとつはよくわからん。

国道246号線をだらだらと歩く。
高部屋神社は遠い。
国道よりも脇の住宅街とか田畑の道を歩きたいのだが、うまく並行している道が無いみたいで。
ただ途中の八雲神社。
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ここは神社の裏手にいろいろ石塔が集まっていて、二十三夜塔を発見。
これは初めて見たなあ。
これも庚申塔とかと同じく御講なので、まあ道ばたの信仰と言えるだろう。
wikiとか読むと全国的にあるというのだが、私はこれが初めてだなあ。
ハッキリと読める塔が無いと気付かないっていうのもあるが。

そういえば伊勢原のあたりって豆腐だけでなく果樹園も多いんですよねえ。
全部閉まってたけど、直販所めぐりには楽しそう。

高部屋神社は糟屋という地域にあります。
昔、糟屋という地頭がいたそうで。その人も藤原鎌足の子孫だとか。
もう由緒ある神社の周りは伝説のレベルが高くて興奮する。
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なんとなく昔からの住人が多そうな場所にキレイに整備されてあります。
木も大きい。

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ただすぐ脇は新興住宅地になるのか、整地されてましたけどね。
だけどそれが逆になんだろう、スカッとしている感じで。
これはこれで好きかもしんない。

高部屋神社の像県は不明。ただ紀元前655年とも言われている、と由緒書きにある。
どっからでてきた紀元前!
しかしここも延喜式に載っているので1000年以上の歴史があるのは間違いない。

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ここの狛犬は狛犬じゃないのかなあ。
頭になんかある。。。

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なんだろうこれ。。。。
狛犬も奥が深い。。。。

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あと梵鐘ですね。

いや、私梵鐘ってお寺のもの、って思っていたんですが、相模地方の神社には普通に鐘ありますよねえ。
これまでも結構あって驚いてたんですけど。
もちろん梵鐘自体は仏教のものなんですが、日本では仏教も神道も融合してきた部分があるので、神社にもちらほらあるそうで。

まあだけど今までも神社の別当寺だなんだと書いてたりしてるわけで、神社とお寺はかなりつながりが深いんだよなあ。
梵鐘があっても廃仏毀釈あたりで鐘だけ神社に移したのか、とか勝手に思ってたんですが、そうではなく神社用の鐘なんですねえ。
そういえば実家近くの神社も寺のすぐ脇にあったしなあ。津波でやられたけど再建できてるんだろうか。

個人的には全然別モノとして神社と寺はいつも見ているんですが。
寺よりも神社好きです私は。

あと近くに太田道灌の墓があります。
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江戸城をつくった人として有名な武将ですが、
悲劇の人なんですよね。
有能だったせいで、主君に殺されてしまう。
一応首塚となっていますが、どうも根拠は無いみたいです。

ただ神社があって、上杉、後北条などの拠点、城や館もあったようなので、このあたりが昔は結構な重要拠点だったんでしょうねえ。
そして重要な拠点だとすれば、やはり交通の要衝であったろうし、交通の要衝というのは昔から交通があったから要衝になった、と考えるとやはりこのあたりは神代の時代の痕跡があるのかもしれない。
妄想は広がる。

ともかく今後は延喜式内相模十三社めぐりに移行するかなと。

79.2kg 二宮神社めぐり

昨日の。
冴えない。
朝からなんか冴えない。そんな日。
1万5000歩。

朝食、カレーライス
昨日の。冷えたカレーが好き。

昼食、なし

夕食、焼きベーコン、カツカレー、菓子パン、

ライス抜き。

昼ごろに箱根へ向かおうと思う。
歩くというよりも資料館めぐりしようかなと。
箱根の歴史は興味深いんですよね。以前の碓氷峠の話だけでなく。

だけどねえ。
小田原で乗り換えたときに、間違って逆の電車に乗ってしまって新松田へ行ってしまった。
バカすぎる。。。。。

で、やる気一気に失うわけですが、それでも戻ろうと思っていたんです。
ただ新松田は、御殿場線の松田駅のすぐ近くで、御殿場線に乗れば国府津から二宮で前回の続きの散歩が
できるじゃないですかあ、と。

で、松田へ行くんですけど、この駅1時間に2本ですよ。。。。
もうここも判断ミスというか、こういう日って何やってもうまくいかないんですよねえ。
バカすぎるわーと。
Suica使えないし、ここ。JR東海もバカすぎる。

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松田駅

松田駅でボーっと。
鳩眺めて、ときどき遠くで鳴ってる雷聞いて。

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なんか写真のほうが暗くていかにも天気悪くなりそうだが、実際はもっと明るかった。
だから天候の悪化は心配してなかった。
不思議なもんで、雷の音がしても明るいと不安にはならないもんですね。


松田のあたりもいい景色なんですけどねえ。
もう自分がバカすぎて全然やる気無い。
精神が完全にローテンション。

で、二宮駅下車で、川勾神社目指す。
いつもはいい気分で歩けるんですが、なんかもう気勢が上がらずイライラしながら。
吾妻山が駅のすぐ近くにあって、ここはオトタチバナ姫の神社があるんですが、まずは無視。
一度見たことあるし、もう気分がローなので。

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川勾神社まで来て、ちょっと機嫌が直る。
いいね。
これはいいよ。
まず立地がいい。
田畑に囲まれたところにあって。
素朴な感じがいい。

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で、キレイで立派。

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うん、ここの狛犬もスタンダード系だ。


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ここの神様も地元の神様なんですけど、これがねえ。。。。

この神社の創建は垂仁天皇の頃って言われてます。
垂仁天皇。
この天皇がまさに神代の時代の天皇の一人で、第11代天皇とされる人なわけですが、というわけでおそらく2000年前くらいが創建ということになるんですが。。。。

ねえ。。。。
どうするよ、っていう。
その垂仁天皇に命じられたこの地方の豪族が神社建てた、って言われているんですが。
ヤマトタケルも立ち寄ったそうなんですが。
で、前述のオトタチバナ姫、このヤマトタケルの妃が、この豪族の娘なんでは、という説もあるんですよねえ。

ねえ。。。。。ほんとにどうするよ、っていう話ですよねえ。。。。

オトタチバナ姫も謎の姫様で。
一応西のほうの豪族・穂積氏の姫様なんじゃない、って言われてますが。

古事記には、ヤマトタケルが相模の国に入ったとき、寒川のあたりの豪族に焼き殺されそうになって、
そのときオトタチバナ姫が心配してた、なんていう歌があるんだそうですが、ねえ、何気にこの姫様妙にこの地方と結びつく話が多いんですよねえ。



で、そんなわけで吾妻神社を再訪してみようかと。
道を戻って。。。。の前に神社の脇に鎌倉古道があるそうなので、通ろうとしたんですが、途中で道がわからん。
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墓場と山の茂みに突っ込むんだが。

運動場のほうからだと分かりやすいけど、なんか入るなとかマムシがいるとか、ハイキングならOKとか、
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これ運動場脇の古道入口。ここは短いんですけどね。どうも墓の上のほうに出るみたいです。
もうこの看板の迷走っぷりと言うか。
再びなんかイライラしてきたw

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そういえばこんな田畑にポツンという祠。

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こういうご神体も何もない祠がね。いかにも日本らしいというか。この祠の空間そのものがもう神様がおられるという。ほんとこのあたりはいろいろ残ってますよ。地蔵と祠が。

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二宮中学近くの地蔵さん。


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吾妻山。

梅沢の登山口へ。
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この登山口が神社への最短ルートです。というか神社の真下の登山口なので。

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最初に神明社がある。

まあ登山つっても、階段上るだけですけど、嫌だわー虫いるしーあーいやだいやだ。
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じめーっとしてるんですよねえ。。。

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それでもせっせと登って、吾妻神社。

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キレイなんですが、どうも立地的にじめーっとしている。

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ここの狛犬ってなんだかこちらを見ている感じがする。。。。

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ねえ?なんだかねえ? スタンダード狛犬だな。

神社の由来としては、走水で海に身を投げたオトタチバナ姫のクシや小袖が流れ着いて、お墓をつくったんだと。
だからこのへんには梅沢(埋沢)、袖ケ浦と呼ぶ、と。

まあ嘘だと思うんですわ。
100%んなこと無い。


ぶっちゃけ過ぎだろw
だけどね、もしオトタチバナ姫がこのあたりの豪族の娘さんならどうでしょうね?

こう考えられませんかね。
ヤマトタケル東征。

二宮でオトタチバナ姫らの豪族と出会う

タケル、お姫さんに一目ぼれ

お姫さんをください

父「娘をやるには条件がある!」

ヤマトタケル、寒川の豪族を倒しに行く

戦いに行ったら燃やされかける

姫「タケル死んじゃいやー!」

ヤマトタケル頑張って寒川の豪族倒す

豪族、寒川神社の神さまになる

ヤマトタケル、姫さんと結婚

さらに東へ旅に出る

姫さん身投げ。

部下、父へ娘の死を報告

娘よ。。。。と父、大いに嘆いて墓をつくる

これですよ。
これなんですよ、きっと。
なんの証拠もないけど。

まあ、そういう妄想をしたくなる。
縁結びの神さまってなってるし。

あ、だけど静岡の焼津は、そのヤマトタケルが焼かれそうになったせいでできた地名だというので、
まああれだな、、もう俺の説は破たんしたなw



それとねえ、この神社の両脇から山の公園に行けるんですが、
この吾妻山ってもうひとつ浅間神社がありまして。
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やっぱり林に囲まれているからか、吾妻神社よりはカラッとしているものの、どうもじめーっと。
どうも吾妻神社もこの浅間神社も、ちょっとこのじめーっとした感じが好きじゃないんですよねえ。
精神的なものだとは思うんですが。
同じじめーっとしていても足柄神社とかは好きだったんですが。


ただ、こちらの神さまは花の神さまで、とても良い香りのする美女なんですよ。
コノハナサクヤ姫って言います。
だからなのか、途中の階段も花が多かったし。

全国の浅間神社は皆、このコノハナサクヤ姫を祀っています。
富士山の浅間神社もよ?
すごいよねえ、霊峰・富士に祀られているのって美女なんですよ!

その香りで良縁があったそうで、やっぱり縁結びの神さまなんですよねえ。

まあ、だけど縁結ばれませんけどね。。。。。
もう2回目ですけどね、ここに来たの。。。。。
どっちかっつーともう縁がむすばれている人がデートにくる公園ですけどね。。。。
というか休日に神社めぐりしているような人間が縁結ばれると思う?
ないわー(自爆


ともかくコノハナサクヤ姫はしかもですね、アマテラスの孫、ニニギさんの妻なんですねえ。
で、姫の姉は醜かったそうで。
で、ニニギさんは今の鹿児島に向かった時に、姉妹と結婚することになって、美人の妹だけと結婚して、
そのせいでニニギさんの子孫である天皇は寿命ができてしまったそうな。

というわけで天皇が神さまなのに人間のような寿命があるのはそのためさ!という根拠までつくれているわけ。

嘘ですわな

ええw
またぶっちゃけましたけどw
今日は神話ぶっちゃけデーだ。


だけどきっと本当に絶世の美女がいたんだと思いますよ。
ニニギを虜にするような女性が鹿児島のあたりに。
良い香りがした、というのがねえ。
こういかにも南国のきれいな花をイメージする美女で。
少しエキゾチックなんでしょうね。
日焼けしてるんですよ、たぶん。

南国美人がいる、と。
もうね、だめだと思うんですよね。
真面目に生きてきたニニギには。
真面目なのかどうか知らんけど。


もう無理。
カルチャーショック。
ノックアウト。
もう心を射抜かれますわ。
妄想だけど。


まあ、そんなわけでニニギさんは鹿児島あたりに拠点をつくって、神武天皇のときに
やっと今の奈良のあたりまで支配できました、と。

荒唐無稽な神話でも、やっぱり何かしらつながっていて、面白いですよねえ。
なにかを絶対に意図した書き方ですもんねえ。
嘘だ嘘だとツッコミどころはいくらでもあるんですが、逆に絶対に古事記や日本書紀には
本当にあったことが書かれているとも思うんですよねえ。


たとえばねえ、その美しさゆえにコノハナ姫もねえ、大変なんですよ。
ニニギさんに不倫を疑われてねえ。
というかこれはもう嫉妬とか、そういうもんではないかと。
もうそのまま現代にも通じるではないかと。


そんで孕んだ子は別の男の子じゃないの?って思われて。
俺の子なら火で焼かれても生まれるわ的なこと言われて。

まあ確かに焼かれても無事に生まれてるんですけどね。
すごいね。
その子の一人が山幸彦で、その孫が初代天皇=神武天皇。
焼かれてみるもんだね!

。。。。。。なんでしょうね、苦労した奥さんが2柱も祀られているこの山は。
本当に縁結びの神様なのか?
ちなみにヤマトタケルの奥さんはオトタチバナ姫以外にもいるからね。ええ。

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公園の下り道は長い階段。
二宮・大磯あたりの町並みを見渡せる。

このへんなら房総も見えるかなあ。

ああ、我が妻や……のタケルの歌で、吾妻山。

だとすれば、ヤマトタケルが足柄で歌ったあとに名付けられたことになるわけで、
この地域の名付けの経緯は考えれば考えるほど、妄想が広がりますなあ。。。。。








78.7kg 平塚〜二宮 神社めぐり ナスのカレー

1万7000歩。
朝食、天ぷらうどん

昼食、なし

夕食、ナスのカレーライス

40
この横浜産ナス。緑に白に。はじめて見た。カレーにしたが、今度は焼いたり、漬物にしてみよう。

今日は午後の3時から神社めぐり。
平塚から大磯、二宮へと神社チェック。
このあたりも古代の古墳が残っている。

古代のルートを考えると、足柄から酒匂川沿いに下って国府津あたりから海沿いに平塚へとくる、あるいは足柄から伊勢原方面で相模川沿いに平塚へと下る、というのは自然ですよね。
古代の人たちは川沿いに道を作ったりしていたでしょうし。

で、平塚駅を降りて旧東海道沿いに歩く。
このへん歴史観光案内版を見つけたら、さすが宿場町。
いろいろ歴史の跡が残っていて、小さい神社とか多いそうなんですが。。。
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まずは八王子神社へ寄る。

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ここの狛犬も蹴鞠と子狛犬がいる。。。なんかこれが狛犬のスタンダードかと思いたくなる。だけど違うよなあ?

で、やっぱりというか、ともかくこれ徳川家康が休憩した場所に石碑立てて、神社にしたそうな。

いや、これも古いですよ、たしかに。
小さくてキレイな神社は好きですし。
だけど求めるのはこういう神社ではないんです。
奈良時代以前。
できれば神代の時代の名残を感じたい。

それがこちら。
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平塚の塚。
平塚の由来になった遺跡ですね。
桓武天皇の子孫で・高見王の娘政子が東国へ旅をしていたとき、857年にここで亡くなって埋葬された、というお墓なんですが。。。。

Wikiによれば高見王はいなかったのでは?と言われているんですね。いたとしても謎の多い人という。
そもそもなぜ高見王の娘はこんな辺境の地を旅しているんでしょうね。。。。
いやあ、もうワクワクしますね。
高見王はいたのか?
なぜその娘はこんなところに?
私は高見王になんだか徳川家茂とか大正天皇のような影を感じるんですが。。。。。

私は高見王はいて、何らかの理由で歴史から消された、というロマンのある説をとりまする。

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先に進むと花水川と高麗山。
この特徴ある不思議な丸山というか。
歌川広重も描かずにはいられなかった山です。

その山のふもとにあるのが高麗(高来)神社。
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国道から鳥居。

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キレイです。
神社としては神功皇后が朝鮮半島を征伐したときに、武内宿禰が朝鮮の神さまを祀ったというんですけど、実際は渡来してきた高句麗の人たちが神社をつくったんではと言われています。
そんなわけで独特の祭事があるそうです。

個人的には武内宿禰の説だと面白いんですけどねえ。
そうなればもう相模最古の寺になっちゃうw

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古い社殿と新しい社殿? 2つ大きな社殿が並んでる。
ここから高麗山のハイキングコースに入って、たぶん湘南平に行けます。
湘南平も行ってみたいんですが。

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おお、ここの狛犬も蹴鞠。。。。
蹴鞠が普通なのか!?

大磯駅に向かっていると旧東海道に入れます。
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右です。

ここから釜口古墳を目指します。
これが最初は道を間違ってまして。。。

分かりやすい道を紹介します。
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道を進むと看板が出てきます(爆

そうなんですよねー
看板あるんですよねー
この看板に行く前に路地に入ってしまって、どこに古墳があるのかさっぱりで。
もう最初からそこに行けという。

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看板に従ってまっすぐ山方面へ。

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左に。
山道に入ります。

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ちょっと薄暗いけどすぐです。

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右手の「住宅」と「住宅」の間にあります。

もう、これも分かりにくい。超隙間古墳です。
こんな古墳の残し方ありかよ!って感じです。

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どんだけ隙間だよ。もう左右も上も家だよ。

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これが釜口古墳です。
古墳時代末期の石室と言われています。
相当な有力者の墓では、と言われていて、正倉院とかに収められている遺物と似ているものが出たとか、大陸伝来の遺物が出たという。
すごいですよねえ。

そういえばこのまえ、なんだっけなBS歴史館かなにか見ていたら、最近は東国の豪族も西国とは別に大陸と交流していたのでは、なんていう説もあるそうで、もしかしたら本当に凄い豪族が一大勢力をつくっていたのかも?

あーもう胸アツ!

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猫に警戒される。

このへん住宅街なんで不審者扱いされないように堂々とふるまいたいものです。

そのまま大磯駅に行って、国道1号に出る。
あとは道沿いにしばらく歩く。
このへんは何度も歩いているのでとくに珍しくもなく、見たいものは見た、というか鴫立庵に行くときはいつも遅い時間で入ったことないんだが。。。。

ともかく進む。
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松の木は守ってほしいものです。
なんかマンション建設で、一部の松が危ういらしい。
周辺住民がノボリ立てて守ろう運動してました。

守ってほしいですねえ。
歴史の遺物や自然を壊してもねえ、ただのコンクリートの街になっちゃいますから。
東海道の黒松は大磯らしい光景で残したほうがいいと思いますけどねえ。
そのほうが価値があると思いますよ。。。

ずーーーーーっと歩いてたらここでも野菜の直売が。
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「塩の使っていない梅干し」とは珍しい。
即効で1パック買いました。

これがなかなかで。
素朴なまろやかな酸っぱさというか。
ちゃんと梅干しの味してますし。
優しい梅干しって感じ。
よく梅干しに蜂蜜とかカツオブシ風味とか入れてますが、この梅干しのほうが優しい味です。

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ずっと進んで県道63号線との合流付近かな?道祖神。

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そしてその先に六所神社。
もうここも国道からドーンと鳥居。
しかもそのまま車も通れるという。

さらに。
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参道に鉄道がとおっているので地下道もあるという。

ここ車も通るんですが、あれだな、対向車きたら怖いな。この地下道の部分だけ一車線なんですよ。

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地下道を抜けると神社が見える。

なんつーか、どんだけ許容範囲が広い参道だよ!とツッコミを入れたくなるほど、面白い参道になっております。
まあそんなに長くはないですが。
これはこれで珍しくて面白い。
いかにも現代との文明との融合!という感じで好きです。

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神社はキレイで立派です。
この手の神社の池って濁りが酷いんですけど、ここは澄んでいて、錦鯉がほんとキレイで映えるというか。

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ほれ、ここの狛犬は蹴鞠も子狛犬もいない。
これがスタンダードだと思ってたんだがなあ。
狛犬にも地域性や神社の系統で違いがあるとは面白い。

そのあと二宮駅まで行き、本当はもっと見たい神社があったのだが、もう暗く断念した。






78kg ある学説の末路・箱根碓氷峠をゆく

昨日の。
1万6000歩。
朝食、そば、うどん、焼きイカ団子

昼食、なし

夕食、焼肉、キャベツの千切り、豚汁

前日のイカとメカジキのキモアエ刺身、全然美味くなかった。。。。何がいけなかった。
というわけでパン粉と混ぜて団子風にして焼いたが、それでもとくに美味くは無い。
豚汁は野菜たっぷり。
やはり豚汁には豚肉がいい。鶏肉とは全然違うなあ。

この日は碓氷峠を目指した。
碓氷峠といっても群馬と長野にまたがる峠ではない。
箱根にもあるのだ碓氷峠が。

碓氷峠は日本書紀によればヤマトタケルが東征したあとの
帰り道に使ったとされる。
古事記ではこのあいだ通った足柄峠が帰り道。

一般的には、日本書紀は当時(編纂時期)の政治情勢が恣意的に組み込まれ、古事記のほうがそういった恣意的な要素が排されているんではないか、という話なんだが、ヤマトタケルの時代からさらに何百年も経ったときの編纂なので、どこまで正確かは永遠に疑問の余地がありそう。
そもそもヤマトタケルの逸話は何代もの天皇を混ぜたものだ、とまで言われているし。。。

ともかく、日本書紀では碓氷峠でヤマトタケルが、横須賀・走水で入水したオトタチバナ姫を悼んで歌を謳ったとされる。オトタチバナ姫さんはヤマトタケルのために、荒ぶる海の神を抑えるため海に入ったとされている。自ら生贄になったようなもの。姫さん。。。

結局、今ではもし古事記の説を信じるなら、帰り路は足柄峠。そこで謳ったのなら走水方面(三浦半島や房総半島)も見えるであろう、と。
日本書紀を信じるなら、長野・群馬県境の碓氷峠。まあこちらからは房総半島とか見えんと思うが。

だから古事記が正しいのさ!という話にもつながっていくんですが。


。。。。という状況なわけだが、ある学者がいや箱根にも碓氷峠がある。この碓氷峠からなら房総半島が見える。
日本書紀の碓氷峠とは箱根にあった!と言ったんですね。

なるほど。
たしかに。
箱根の碓氷峠からなら見えそうだ。
そこで私は久しぶりに箱根を目指したんです。。。。

以前は宮ノ下まで歩いて行ったが、とにかく歩道が狭いし車が多いしで怖い思いをした。
今回は、夏休み後。ただし雨の平日。
レインスーツをザックに詰めまして、とりあえず電車でひたすら強羅へ。

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夏休みとはいえ平日で雨なので、静かなもんです。

ここまで来たのは初めてだなあ。
いろいろ観光もしたいのだが、とりあえずレインスーツ着込んで下山。
ふもとの宮城野地区へ向かう。
いきなり歩道が無くてちょっと嫌だったけどまあ集落へはすぐです。

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もう雨だからなのか温泉街だからなのか標高が高いからなのか、雲というか霧というか水蒸気に包まれている。。。。

国道138号線・箱根裏街道へ入る。
ここは歩道がある。
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早川沿いです。

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別荘地ですなあ。このへんは1000m前後のくみしやす、という良い感じの山ばかりなのでハイキングコースも多い。というか登山コースですが。

すぐに路地へ入って諏訪神社へ。
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なんかやけに立派な鳥居だなあ。

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おお、苔むしていますよお。

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狛犬も苔むす。

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庚申塔や地神搭も。
いいですねえ。

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小さい狛犬も苔むしています。

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由来とかはわからんが、小さいながらも歴史がありそうで立派な社。
いやあ全然期待していなかったが予想外に素晴らしい。
近くは別荘地だし、この神社は結構新しい住宅が多い集落の中にあるので、
氏子の人たちと発展し続けてきた感じでしょうか。

そこから道なりに国道へ向かうと。
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明神平。
この沢の奥が碓氷峠のイメージ。

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橋にも碓氷橋。

だが実は危惧していたとおり、そんなに強く「碓氷峠」を推している感じはしない。
とりあえず地図を確認すると、国道沿いに碓氷峠までの直線の道があるのだが。。。
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この有様。
ハイキングコースは落ち葉に埋もれていて、誰も使ってないかのよう。

少し入ってみる。
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うぎゃあ。もう管理されていない。
今日はこんなコースを歩きたくない。

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近くの石碑も藪に覆われていて気付かないほど。

17
Googleマップにはこんな道がある。ロープウェーでもあるのかと思ったが、これは実は後で導水管?だと気付いた。
たぶんこの導水管沿いにハイキングコースがつくられているのだ。

だがこの廃れっぷり。
間違いない。
箱根碓氷峠は終わっている。

明神平まで戻り、くねくねと曲がりくねった舗装の道を進む。
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途中に祠あり。
こういうのが頻発すれば「古代の道なのかなあ」などとも思うが。

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しかしずっとそんなものは無い。

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ようやく碓氷峠への案内板。
ホテルへと向かう道との分岐。
30分って徒歩30分だよね。車で30分じゃないよね!?

たしかこの近くのアパートの自販機が最後の自販機。
そしてそこにいた人が最後の人。。。。


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暗く細い道を進む。
ここから先。。。。碓氷峠まで人にも車にも出会うことはなかった。。。。。

表札が外れ、人気のない別荘がある。
ヒグラシが鳴きつづける。
薄暗い林道のような道。
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人家も見えなくなる。

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ときどき橋を渡る。これは唯一碓氷峠らしい橋。

長いひたすら長い林道を進み、ときどき何かが後ろをついてきてないだろうな、と怖い妄想をしつつ進む。
ただし車が来ないので気は楽。

途中に祠など古代の欠片はひとつもない。
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やっと「宮城野城跡」。

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ここは碓氷の梅園とかいうのがある。
だが開かれた場所だが人がいるわけではない。
自販機も無い。ずっと自販機が無い。。。

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そして導水管。
この脇に。。。。
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崩壊した道案内。
ハイキングコースに戻るとヤマトタケルの石碑があるという。
いや、まさか。。。。
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こんな道だよ!?

草木が凄い道をほんの少し歩くと
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脇に石碑が。

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石碑。

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ヤマトタケルの案内看板は朽ちていた。。。

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石碑近くから見える景色は、よりにもよって白く包まれていた。。。。
晴れていれば房総半島も見えなくもない、かもしれない。

まさかここまでか、と。
ここまで廃れるものなのかと。

石碑とかつくられた感じでは大正から昭和までは、おそらくこの碓氷峠はそれなりに
人を呼べたんだと思う。
だが碓氷峠=群馬・長野が有力と言うか、明らかにそうとなって、それにバブルも崩壊して
この道は一気に廃れていったんだろう。。。たぶん。知らんけど。

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近くに猟友会の獣の供養碑。

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菜園。
たぶんここには職員の人がいる。

。。。。。ヤマトタケルの碑よりも立派だよ。。。。

そして私はここに「碓氷峠」の看板や目印が無いことに気付いた。
ここはまだ峠ではないのか?

再び先を歩き始める。
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唯一すれ違ったトラック。

この写真を見てもらえればわかるが。。。。下ってます。
どうやら峠の頂きをもう通り過ぎてしまったようです。
それに気付いた瞬間も呆然。
どこまでも廃れている。。。。まるで消えていくかのような。

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ずっとなだらかに下る。
道の脇の落ち葉の多さが半端ない。

そして突然別荘地へとつながる。
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ホッとするというか、拍子抜けというか、なにかここまで来たのは一体何のためなのか、箱根碓氷峠説とは
なんだったのか、という。

間違いない。
ヤマトタケルは箱根碓氷峠を通っていない。
直感だが間違いない。
確実だ。

あまりにも何も無さ過ぎる。

あれはただの林道だ。
間違いない。

別荘地をしばらく進む。
ここにくると少ないながらも人や車を見かける。
このあたりの別荘地は旧軍の軍人さんたちの別荘が多かったという。
それなりに歴史のある別荘地なのだ。

もっとも今では廃屋や壊れたポストだけの更地、落ち葉に埋め尽くされた私道と、何か先ほどのヤマトタケルの碑
と重なる。
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裏街道へと出た。
この分岐点に。。。
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道案内の石碑が残っている。
いずれこの石碑も消えるかもしれない。。。。。

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裏街道を歩く。
歩道もしっかりある。
箱根ガラスの森美術館の前を通り過ぎる。
この美術館、名前だけは何度も聞いているが、ここにあったんだねえ。

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バスも豊富。
この先は仙石原でまた箱根の一大観光地だ。
さらに先の乙女峠まで行こうと思っていたが、ちょうど小田原行のバスがきたので、すべてをあっさり捨てて乗車。

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これも箱根登山バス。
曲がりくねった道を小田原までえんえんと乗り帰宅した。

箱根には古道がたくさんある。
徳川家康が箱根の街道を整えたとされるが、その前から足柄の道が富士山の噴火で使えないときに
箱根方面の道を使ったという話もある。
きっとヤマトタケルの時代にも人々は行き交ったかもしれない。
そう信じよう。

だけど箱根の碓氷峠はたぶん利用されていない。
すべて感だけど、行けば分かると思う。
歩けば分かると思う。

うん、この道使ってないわ
って。

嗚呼。

79.8kg 茅ヶ崎ー平塚 神社めぐり

昨日は1万歩。
今日は2万9000歩。
3万歩目指せばよかったかあ。休憩を1回入れていると全然違うんだが。

昨日の食事
朝食、ゆで豚、こんにゃく麺冷やし中華
昼食、茹で豚、こんにゃく麺冷やし中華
夜食、ゆでもやし&カップめん、ケーキ

今日の食事
朝食、ゆでもやし&カップめん、ケーキ
昼食、なし
夕食、オクラのおひたし、麦飯、とろろ

今日は相模線でまず寒川神社。
神奈川を代表する神社のひとつで歴史も古く、参道も長く、鳥居もでかい。
神職の人たちが行き交い、警備員の人まで丁寧で信心深い。
まさに今も生きる神の聖地、信仰の土地という感じだ。
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だけど、正直に言うと、キレイすぎる。
何もかもがキレイで、整い過ぎている。

人気の神社ならではの悩みというか、大きいがゆえに、苔むす社とは無縁で、そこが古代の息吹を感じたい私のような人間には物足りない。。。
奈良時代から続く1300年くらいの歴史があるんだから、それがここまで続いているだけで素晴らしいことなんですけどね。

次に安楽寺へ向かう。
安楽寺は寒川神社の別当だったのでは、と言われている寺。建立時期が寒川神社の創建より古いらしいというのが謎。別当ということだから役所の一部って考えると、寒川神社や安楽寺のあたりは古代の役所の地域ってことなんだろうなあ。

そもそも寒川神社って珍しくて、祭神がこの地方の豪族らしいんですよね。
ということはおそらく歴史自体は奈良時代より前だと思うんですよねえ。。。
奈良時代になっちゃうと豪族よりも、天皇を祀るってなるのが普通だと思うので。
もともと豪族の古墳とかあってその上に寒川神社ってつくられたりしたんじゃなかろうか。。。


安楽寺のすぐ近くにあるのが大神塚古墳。
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いまは住宅街にある小さな公園だけど前方後円墳の形になっている。
これを考えると、古墳時代からこのあたりは豪族とか大きな集落があったんでしょうなあ、と。


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そういえば今日食べたオクラは安楽寺への途中で買った。100円でいっぱい入っている。
塩でもんで、少し茹でてめんつゆつけて食べた。美味い。

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あとキュウリとナスも買った。1袋100円。もうスーパーで買うより全然安いし、大きいし、いっぱい入っているし。
このあたりは田畑が多く、直売所が多くて、野菜好きにはたまらんです。

そんな田畑を見ながら向かったのが下寺尾寺院跡。
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この台地がそうだったのでは、と言われている。
相模の国で最古の寺ではとも言われていて、周辺には横穴墓も多いのだそうだ。
元はこの地域の豪族の寺で、それが古代の役所の郡衙(ぐんが)になったのでは、という。
今日ぜひ見てみたい、と思っていた場所。周囲は住宅と畑で、石碑があるくらいだけど、
なんとなく豪族が住んでいたのが分かる気がする土地。

一度茅ヶ崎に戻り、つらつら歩いて鶴嶺八幡宮へ。
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鶴嶺八幡宮は並木道が残っていて、私は好きだなあ。
寒川神社より規模は小さいけど、この古さが歴史好きにはたまらない。
ここは1133年創建らしい。古墳時代と比べるとずっと遡ったがそれでも900年前だ。。。

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すぐ近くにある竜前院には鎌倉時代に北条氏に滅ぼされた(というか北条氏の部下に)御家人・二階堂氏の墓があるそうなのだが、なにか行事があったらしく人が多かったので庚申塔チェックで終了。
鎌倉の地名にまで残った二階堂氏に思いを馳せたかったのだが。

その後小出川沿いに歩き
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墓地のやぐらがすげえひねった形になっている。。。

あとバイパスに入ってうげーって感じ。
湘南銀河大橋なんて最悪って感じです。
もう歩きでくるとバイパスって面白みなく、日陰なく、歩くだけでうんざりする。
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ただ相模川のこの景色は素晴らしい。

橋を渡ってすぐに前鳥神社。
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ここも良い神社です。
参道がキレイで、社も大きく、しかもいろんな社があるんですよねえ。

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ここの狛犬、蹴鞠と子狛犬が一緒にいる。。。。
これも珍しいんではなかろうか。と思ったら八坂神社でも同じ狛犬がいたが。

また歩いて住宅街に高林寺。
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このあたりは国府があったんではと言われている地域。
寺自体はもう現代風ですし、周辺も完全に住宅街で、古代を感じる気配もないんですが、
相模川という大きな川の周辺は古代から要衝だったんでしょうねえ。

あとは平塚駅までひたすら歩く。
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途中の八坂神社。
由来がないけどキレイな小さい神社。

さらに進むと平塚八幡宮なので、本当に茅ヶ崎~平塚は古代の一大拠点という感じ。
まあ私は鉄道を使っているとはいえ、歩いても一日かければ回れる範囲だもんなあ。

79.1kg 再び大雄山へ

2万8000歩。ずいぶん歩きました。

朝食、こんにゃく麺の冷やし中華、茹で豚とキュウリのサラダ

昼食、なし

夕食、茹で豚とナスの浅漬け、おにぎり

ナスの浅漬けは、醤油、酢、砂糖、塩、水を目分量で混ぜて作った。なかなかだと思う。

大雄山に再び。小田原で大雄山線に乗り換え、終点まで。
今日も静かでキレイな大雄山駅周辺です。

本日は前回行けなかった最乗寺へ。
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すぐに南足柄神社。

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道祖神がやはり多いなあ。

この道はかつての最乗寺詣での名残で、旅籠だった家が旅館になり軒を連ねています。
短いですがとても雰囲気がいい。

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すぐに最乗寺の最初の門に。
だけど参道を進まず、ここで右折して南足柄の郷土資料館へ向かいます。たしか16時までとかなのよ。

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小さな集落と山道ーひたすら山道ー
途中「花咲く里山」というルートをとおってもよいのですが、パスして車道沿いに進んでしまった。
ちょっとルートに自信がなかったのだが、普通に郷土資料館へ行けたようです。

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やっと丸太の森へ。この中に資料館があります。

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資料館だけに用がある人は公園の事務所でお札をもらいます。
このお札を資料館の窓口で渡して、料金を払う仕組み。200円。ただ明日から特別展やるそうでたしか400円。
あと、ここ靴脱いでスリッパ履く仕組み。

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常設展は足柄人形の縁でか、日本各地、さらには世界中の伝統的な人形がてんじされています。
あと足柄地方の道について。

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富士山の噴火史。

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富士山の降灰量。

まあこれを見ると、私が生きている間に噴火するだろうな、と思う。
今のうちにこっちのほうはいろいろ見ておこうと思う。
足柄峠とか噴火で埋まるからな。
古代でもしばらく灰が積もって通行止めなんてことがあったみたいだし。

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最乗寺の火災から持ち出された竜の彫刻。

他に昔の人の生活の紹介。
展示内容は簡単なもので、規模も小さく、ちょっと物足りない感じはしたが、石器とか化石とか展示してあるのは貴重なのは確かか。見る人が見れば人形の数も満足できるのかもしれない。

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帰りは別の道へ。左折して最乗寺へ。
しばらくすると最乗寺の参道の途中へと入ります。

最乗寺の参道は何丁目と目印があって、ルートの位置が分かります。といっても20何丁目まであるんですが。
途中食事できる店もあります。が、寺のすぐ前のお店が16時くらいに終了です。ちょうど到着したころに終了でしたねえ。ただふもと側の食堂はまだあいてるみたいです。

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参道はここから階段。

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苔むす〜って感じのいかにも古い道。

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最乗寺受付周辺。
これだけ見ると広いけどふーんって感じなんですが。

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奥へ進むと、いろんなお堂がありまして。
これは不動尊。

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天狗様に見守られております。

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天狗様の下駄がー大きいよー

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そして奥の院へ。カラス天狗に見られて。この階段が急で長くてきつかった。。。

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奥の院着。飲食禁止。水飲みたかったのにぃ。
たぶんゴミのせいだと思いますけどね。

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ありがたい狛犬。

わざわざ「ありがたい」と付けられた狛犬です。ご利益があるらしい。たしかに子供の狛犬がお腹にいるのって珍しいですねえ。

ここで大雄山駅まで戻る。バスもあるのだが、郷土資料館寄らなければ、わりと短い、4kmくらいなんですよね。
なので歩いて戻り、大雄山駅から相模沼田駅へ。

ここでは「三竹道祖神」というのを見に。
もう夕方ですが、夏は日が長いのがいい。
ただここで失敗して、八乙女神社へ行こうと思ったんだが、看板わかりにくっ!
仕方ないので「森と水の公園」というのに行って、というかこの公園も分かりにくく、公園名くらい目立つところに作ってよ!

ここから公園内のコース使って道祖神に向かうつもりが、
公園内の道って山道じゃん!蚊がうじゃうじゃ。

もうーとイライラして戻り、八乙女神社。
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鳥居が無い神社。
もとは隣の西念寺と一緒だったそうな。
名前が素敵ですがもとは矢留権現といったらしい。
なんか素敵な巫女さんとかいそうなイメージですが違う。

三竹へ向かう。
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バスは全然ない。

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だんだん山道に。

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小さい集落とあと変電所くらいだなあ。

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しばらくしてどどっと道祖神。

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おそらくここが三竹の道祖神がある広場。だけど説明は無い。
とりあえずそれらしい祠など眺める。

さらに進むと
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終点の三竹バス停。
ここにも道祖神やなにかの神さまとか。

さらに先に行くと御嶽神社があるらしいのだが、もう暗くなってきて引き返す。
明日から世の中夏休みですが、大雄山周辺は箱根に隠れて静かそうで、なかなか大人が楽しむにはいいかもしれません。



78.2kg 金太郎と地蔵の道・足柄街道を行く

2万8000歩。
歩行距離20km越え。
心地よい疲労感があります。
靴はティンバーランドで最後までバッチリでした。

朝食、そば、こんにゃく冷やし中華

昼食、なし

夕食、おから入りハンバーグ、レタスサラダ

早起きもしたので遠出。
前から足柄峠に行きたくて。
なにせあのヤマトタケルも通ったんですから。

東海道線で小田原着。ここで大雄山線に乗り換える。よかったSuica使える。
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改札から天狗のお出迎え

お客さん少なめの大雄山線。
三連休なのにこの鄙びた感。いいですなあ。
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大雄山駅。
小さな駅には金太郎像。
ここではじめて金太郎の故郷だと知る。ほー。

駅前はこじんまり。静かでキレイ。
本当に足柄のこのあたりの町はとても綺麗です。道もキレイだし。庭とか棚田もキレイ。
過疎っている町でしょうけど、住民の心が荒んでいないのがよくわかる。
それに子供も部活とか結構しているし。
新興住宅もあるので結構バランスとれていい街かも。

ここから足柄街道へ。
そんでもってとにかく地蔵が多い街だ。というか道祖神も多い。
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こんな何気ない祠が道ばたに残っている。

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富士講も多い。

足柄神社へ。
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このへんは足柄古道に入るらしい。

足柄神社。
拝殿と本殿が廊下でつながった本格的な神社。
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こういう細かい彫刻はなかなかないらしい。

この神社の脇がそのまま足柄古道。
しばらく古道を歩く。農道みたい。
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美しい里山ですなあ。

とにかく歩く歩く歩く。
もともと車が少なかったがどんどん少なくなる。
人はまったく合わない。
農作業している人くらい。
なんという素晴らしいハイキングコース。本当に三連休だろうか。

ただやがて人家も無くなりただの舗装された山道に。。。。
自販機もなかなかなく結構つらい。
脇を流れる狩川の沢音と、ときどき通るランナーやサイクルの人を見て喜ぶくらい。
本当に人が少ない。

足柄峠への最後の集落は、まさに金太郎の故郷・地蔵堂というところ。
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地蔵いっぱい。

キレイな里山です。
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写っているのは足柄人形というやつ。

金太郎が押したという巨大な岩。
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左のやつ。
だけどこのあたりはところどころに巨大な岩がある。
富士山近いからかなあ。

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マムシに注意。

金太郎が修行したという夕日の滝へ。
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滝に打たれてますなあ。
ここはキャンプ場になっていて大勢人がいた。
この場所くらいです。たくさん人がいるの。

その近くから足柄峠へのハイキングコースがある。
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クマがいるそうです。。。。

入ってしまった。
ハイキングコースなら登山コースと違って楽だろう、と思ったのですが。。。。
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最初はこんな道。
だがだんだん勾配が急に。
道も細くなる。
脇は沢でガレ場も多い。

途中ですれ違った人は5名くらい。少ない。
しかもちゃんと熊除けのスズ鳴らしてた。

怖くなった俺は。。。
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これで戦うしかないっ!

もうどうしようもないです。

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金時山は本気登山なので、足柄峠へ。
だけどね、このあたりから実質登山なんです。

もうここから先はすべて上り坂。
ひたすら山道を登っていきます。
進んでも進んでも山頂へ行かず激しく後悔。
人はいない
人の声も、車の音もしない。
沢からも離れ、ひたすら山を登る。。。

しかも道案内の看板が「金時山」になっているんです。
このコースだと金時山へのコースは2ルートあって、金時山を直接登るコースと
足柄峠のほうに近付くコースがある。

だけど足柄峠は省略されることがあって「金時山」の表示だけの看板がたくさん。
もう不安になる。
道間違ってないよなあ。。。。

木々の隙間からクマがのぞいているのではないか、という恐怖心は
やがてもうどうにでもなれ、という、それどころじゃない、足が上がらん。
疲れた。
しんどい。
なんでこんなに急なの。
帰りたいー帰りたいーとただ思うだけ。
だけどもうここまでくると引き返せませんよ。。

それでも石は手放さない。。。

何度か「この先が頂上か!?」という期待を裏切られていたら、突然上が明るい。
おお、いかにも頂上っぽい、と思ったらいきなり車の通る音!

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出たー
やっと出たー
砂利道に出たー
たぶんこのときクマ用の石を捨てた(記憶は無い。気付いたら手になかった)

ここは金時山へ登る入口とハイキングコースの分岐で、何もない駐車場みたいになってました。
ここからは下りの砂利道。もう気分一新。
足柄峠へ。
城跡から富士山見つつ。
ここは公園があるので人がいます。
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足柄の関所跡。
この関所も1000年くらい前からあったんだよなあ。。。

この近くの自販機が久しぶりの自販機。
そして、、、、下って戻る場合は最後の自販機。。。。

そのすぐ下にあるのが足柄明神社。
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この明神社(跡地)の由来は、それこそヤマトタケルの時代にさかのぼり、1900年くらい前。
ヤマトタケルが峠をとおるときに殺した地元の神さま(たぶんその頃の豪族でしょうけど)を祀ったという。
なんかもう古さが尋常じゃないよなあ。

いやあ個人的にはこの明神社が一番の収穫かなあ。
古代の神さまたちとつながってるんだもんねえ。

で、帰りはバスで帰るつもりだったんだが。
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。。。。。。
もう15時。
バスなし!

おそらく地蔵堂まで行けばまだバスがあるはず。。。
えんえんと下ります。
ただハイキングコースじゃない、普通の舗装の車道、しかも車がまったく通らないのでのびのびと帰れる。

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深い。
とにかく山深い。
いくら歩いても山の中。
人家が無い。
自販機も無い。
そもそも道以外に人工物が無い!

えんえんと歩いて田んぼを見つけたときは嬉しかったですわー。
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やっと人家が見えた。

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万葉うどん!

これでやっと地蔵堂の集落に戻ったことを知る。
地蔵堂のバス停に行くと、大丈夫でした16時と17時で2本ある。
助かった。

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箱根登山バスはSuica対応。
乗車時と降車時にタッチ。
乗客は途中で2人。あはははは。。。。

苦労して歩いた道をあっと言う間に戻っていったとさ。

ほんとここまで鄙びているとは思わなかった。素晴らしい。



78.7kg 相模国分寺跡

朝食、そうめん

昼食、なし

夕食、イカ、タラ、メダイの素揚げ、レタスサラダ

1万2000歩

今日はだらりーんと海老名の国分寺跡へ。

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ひろーい
武蔵国分寺に次ぐ広さだという。
実はこれでもまだ収まっていないのだ。

隣の温故館(資料館)を見学してたら、職員の方が詳しく解説してくれました。
ほんとなんだろう、三殿台のときもそうだったが、無料の小さな資料館の方ってとても親切。

こんな立派な国分寺も何度も地震などで廃れ、やがて畑の下になってたんですよねえ。。。
朝廷のまあ相模の国の県庁みたいなもんでしょう。
それが荒廃していく、というのがねえ。。。

国分寺が荒廃していくと、周辺に住んでいた住民が跡地からいろいろ持ち去っていたらしいです。
昔のかまどから国分寺の瓦が出てきたらしい。
結構ね、なんというか世紀末的風景があったんですかねえ。

20人の僧がいて、おそらくたくさんの役人がいたはずの国分寺。
それが崩壊していく。
人が去るのか、送られてこなくなるのか。
中央の政権から連絡がこなくなったりして、忘れられるのか。
働いていた人たちとかどう思ってたんでしょうかねえ。
崩れた国分寺の前で、周りの集落の人が瓦礫でモノを漁って、しかし中央からは何の支援もこない。。。

今ならね、津波で海岸線の何十もの街が消滅しても救助がきますよ。
だけど、奈良、平安、鎌倉時代にね、救助はこないですよ。
少なくとも中央からはこない。
土地の権力者が何とかする、ってことはあるでしょうけど。
崩壊していく過程を想像すると、いろいろ切ないというか寒い。


近隣の寺社を見つつ。
国分尼寺跡へ。
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こちらは一瞬公園?空地?みたいなw
小さいですよねえ。

ここには庚申塔と、お庚申のお堂がありました。
いいですねえ。

だけどね、ここも結局荒廃した結果なわけで。
尼さんの寺ですから、さらに悲惨だと思うんですよ。
荒廃する過程を考えると。
どういう仕組みだったのか、役所として機能していたのか、とか分かりませんけども。
あの時代に兵力もなにも無い尼さんが集まって荒廃した寺や役所にいる、というのはね。
かなり残酷な結果が待っていたかもしれない。

たとえば周辺の寺社も荒廃して、頼朝なんかが再建しているわけですけど、
そのなかには紆余曲折があったにせよ、跡地に新しい寺社が立ったり、継いでいたりしているわけです。

だけど国分寺と国分尼寺は、巨大な規模であったのにほぼ根こそぎ消滅している。
まあ跡地自体はずっとあって江戸時代にも知られていたそうなんですが。

なぜ跡地を利用しよう、という動きになぜならなかったんだろう、と思うんですよね。。。。
だって立地はなかなか良いところなんですよ。
周辺に権力者がいれば再利用したいな、と思いそうな?

なんかね、古代の遺跡と寺社はとてもかかわりが強くて
古代の集落跡に寺社を建立したりなんていう例はかなりあるんですが、
だけどここはそうじゃない。

それは酷い、本当に酷い荒廃がそこにあったんではないかと。
壊れただけでなく、略奪や虐殺も含めて。
ちょっとその荒廃を知っている人には、利用する気が起きないような何かが。

ん?だけどそれなら遺体とか出てくるのかな。。。
ただ関東ローム層で酸性が強いって話なんですけどね、あのあたりの土。

国分寺とか国府とか、いやそもそも荒廃して消えていった寺社ってたくさんあるわけですけど、
その過程を想像するとね。。。。
遺跡を巡っていると考えてしまうんですよね。

77.3kg 鎌倉

朝食、生姜焼き、鮭の塩焼き、キャベツの千切り

なんかやたらと鮭が美味く感じる。。。。

昼食なし

夕食、おから入りハンバーグ、チーズ付、わかめサラダ

チューブのチーズ便利かも。

仕事が一段落したので鎌倉へ。外に出たとたん雨が降ってくるw

雨だから観光客も少なかろう、などと思っていたが普通に多い。
若宮大路をとおるのは勘弁なので、小町大路に入る。
ただこっちは観光客いないかわりに車がねえ。。。道が狭いわりに車多いんだよなあ。
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小町大路。
駅からだと警察署の脇からが分かりやすい。ほんと若宮大路と比べると人が全然いなくて驚くんだが。

鎌倉幕府終焉の地であり、北条一族滅亡の地、東勝寺跡へ。
雨降っているし、観光客はもちろんいない。
高時腹切りやぐらへ行くときは勘弁してくれーという感じでしたが、
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やぐら前から寺の跡を見ているときに、亡くなった人々は意外と穏やかにこの開けた風景を見ているのかもしれないなあ、とぼんやりと思いました。


二階堂方面へ歩き、頼朝の墓へ。しかしここでものすごい小学生軍団が大挙しておりw
まあ勉強するにはいい土地だよね。大人になってからのほうが絶対面白いけど。
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頼朝の墓、法華堂跡。

ぷらぷらと歩くと、実は頼朝の墓と同じ山に北条義時の墓もあるんですよ。
ガイドブックとかでも無視されていて、誰もいないんだけど。
執権北条氏を政子らと確立していった人です。
Wiki読んでいたらこの墓にいくのが困難って書いてあったのだが、整備されたのか、よくわからんが行くのは難しくない。

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原っぱの先にある鳥居。
ここも法華堂の跡なんだそうだ。

なんだか兵どもが夢の跡って感じで儚い雰囲気が漂っている。
鳥居の横にやぐらがある。
たぶんそこも誰かのお墓なのだろう。

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鳥居をくぐり階段の上へ。

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3つのやぐらがあった。
どれかが義時の墓なんだろう。

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やぐらから見た鳥居と原っぱ。
鬱蒼とした山林に包まれたお墓。
誰もお参りにこないお墓。

静か。静謐、という言葉が似合う。
同じ山にある頼朝の墓とはあまりにも違っていて、寂しげな、だがそれも受け入れているような。
義時さんが傍らにいたら言ってあげたい。

「蚊、多いですね」と。

たぶん彼も、

「ちょっと多いね」

と笑ってくれるだろう。


鎌倉宮とか有名どころに行きつつ永福寺跡へ。
義経や奥州藤原氏を弔うためにつくったお寺。
火、金のみ公開。
雨だと中止なんだそうですが、ちょうど閉めるか迷っていたそうで、入れてもらえました。職員の方いい人。
01113_R
ここまで近寄れるのは6月いっぱいだそうで、以降は再建作業をするので、あまり近づけないらしい。
良いタイミングでした。
これ再建されたら見てみたいなあ。

このあたりは雰囲気もよくてねえ。

最終的に2万1000歩。
そこまで歩いた感はなかったんだけど。







77.8kg 鎌倉・御霊神社ほか

朝食、おから入りハンバーグ、レタスサラダ

昼食、なし

夕食、塩コショウでホルモン炒め、レタスサラダ

1万8000歩
今日も午後から天気良くw
こうなると一気に稼げるんだよねえ。。。


前から見てみたかった庚申塔があって、鎌倉に行った。
日曜日の、しかも初夏の鎌倉ですよ。
もうこの世の終わりか、っつーくらい混雑してます。

こちらとしては庚申塔目当てなので、有名どころはどうでもいいですけどねえ。。。
だけど今日の目当ての庚申塔は、そんな有名どころの一角にありまして。
仕方ない。

神社に寄るたびに「お騒がせして申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」って神様に祈ってましたw
私はご利益はそんな求めてないので。
むしろ私ごときのために神様のお手を煩わせるわけにはいかない、と。
そう思うわけでして。
なんて神様想いなんでしょうww

神様に願い事をたっぷり願うなんて、下賤な人間のすることですよw(ひでえ
貧乏人とかはさ、とにかく「くれくれ」言うでしょ。
神様に願うことはそれですよwww(刺されそうだ



。。。。というわけで御霊神社。アジサイが見ごろだとか、江ノ電が目の前を横切るとかですごい人。
庚申塔がたくさんあるんですけどね。
01038_Rr
この体たらくですよ。
誰も見向きもしない。
俺が写真撮っていてはじめて興味をもつくらいのものでね。
これだから下賤な人々は。
ああ、アジサイきれいだもんね。素敵だもんね。
だけどその足元にある庚申塔はさ、私たち庶民のご先祖が建てたものですよ。。。。

誰も見向きもしない。
でもいいんです。
所詮下賤な人間と、その下賤な人間の先祖がやってきたことなんですからwww(やばい黒い自分が出過ぎだw


見たかった庚申塔がありまして。
これなんですけどね。
01040_R
分かりますかねえ。
この面白さ。
もうホント「道ばたの信仰」でこの写真を見たときに、なんて楽しげなんだと。

アップします。
01041_R
そう、三猿が踊っているんですw
お囃子?なんでしょうね。扇子を持って踊ってます。
もうこれを見たときに、なんてユーモラスなんだと。

たぶん、この猿は着物を着てますよね、これ。
三猿だけど見ざる言わざる聞かざるじゃないっぽい。
楽しそうですよねえ。。。。

この感覚分かりますかね?www

マンガの犬夜叉に殺生丸の従者で「邪見」っていう小物の妖怪がいるんですけど、そいつを思い出しましたねwww

まあそういうところに楽しみを見出しているまだ若い変人ですので、下賤な人々に理解されなくてもいいです。はい。

ほんとここの庚申塔はいくらでも見たかったが、アジサイ園からの出口になっていて、ある程度楽しんで遠慮しました。

その後も路地裏とかに入ってポツポツ庚申塔を発見したり、神社やお墓に寄りましたけどね。
帰りに混雑を避けたかったんですが、そこで大仏の裏手の道に入りまして。
01127_R
これ大仏の裏ですよ。
信じられないほど人いない。
で、その後は一瞬通りに出たんですが、ほとんど裏路地のほうを歩きまして。

それで気付いたんですけどねえ。
鎌倉の住人たちって上手いなあ、と。

あんだけ観光客大勢じゃ住んでいる人の生活は破たんするだろう、などと思ってたんですが、
こういう裏路地に入ると住民の方たちばかりなんですね。
で、平凡な公園で、近所の人たちが集まってまったりと過ごしていたりする。
住宅街の路地で普通にボール遊びとかしている子供たちがいる。

大勢の観光客がいる通りとはまったく無縁の世界をつくっている。
喧騒すら聞こえない。
上手いなと。

というか、大通りのほうでは、観光客が自分たちと同じ観光客を見てイライラしたり、殺気立ったりしているわけですよ。観光客の波、そのせいで観光客が運転する車は進めずクラクションが鳴る。それを見てまた観光客が「や^−ねー」と言って、同じ観光客の悪口を言い始める。バカっぽい会話が溢れ、ただ有名だからというだけで見に来た観光客が「これなに!?これなんなの!?」と叫ぶ。



この落差にね、もう私は驚き、鎌倉市民の賢さに感動してしまった。
下賤なよそからきた人々は表の通りを行き来し、住民はそこは商売、観光業と割り切る。
だが少し路地裏に行けば、もうそこは平穏な、普通よりもリッチな住民たちのゆったりした休日が広がっているわけです。
(鎌倉の住民は高額納税者が多いんですよ)

もうこの落差。
この落差に俺は感動してしまった。

醜い観光客と、美しい凛とした住民。

もうこの対比が素敵だな、と。
観光と住むという2つの空間の住み分けを可能にしている。
それどころか、人としてのありよう、なぜ下賤な人々は下賤であるか、というのを何も意識することなく理解できる。


たとえばここ。成就院の前。極楽寺に行く坂。
01068_Rr
ねえ、誰も見向きもしないでしょ。
何に?
左にあるじゃないですか。
地蔵が。

たぶんね、だから何?って思うでしょう。
警備員がね「車道に出ないでください・歩道を歩いてください!」と叫ぶ。
それくらいものすごい人がこの道をとおっている。

その道の守り神がこの地蔵なんですよ。
大昔からこの地蔵がこの道を見守ってきた。
事故が無いのはこの地蔵のおかげだ、と、そんな風に人々は思ってきた。

だけどね。
だーーーーーーーれも見向きもしない。
地蔵なんぞには。

大量の人間が、ただ有名な観光地だからと成就院へ向かう。

その成就院へ向かう道を守り続けてきた地蔵様。
いまあなたが事故なく成就院へ行けたのは地蔵様のおかげかもしれませんよ。。。。などということは一切誰も考えない。警備員のおかげです。はい。

いやたぶん今日ここに訪れた人のどれだけが、ここで警備員の方が頑張っていたか覚えているだろうか。
そしてその警備員の向かいにあった6体の地蔵のことをどれだけ覚えているだろうか。。。。。

これもどうだろう。
01022_R
甘縄神明社。
大仏の近くにあるこの社が、その大仏より古く、それどころか鎌倉時代より前から存在していたことに、気付いているのか。知っているのか。これこそ貴重な社ではないのか。見るべき価値があるのではないのか。

今日何人の観光客がここに訪れたであろうか。
たしかに何人かはいた。
ああ、たしかに見たところで大して素敵でも豪華でもきれいでもない。

だが源頼朝が、北条政子がこの社にお参りにきたのだ、今歩いている道を歩いてきたのかもしれないのだ!
そう思えば感動するんじゃないのか。
感慨深く思うのではないのか。

うん、分かっている。
感動する人間なんてほとんどいない。


私は怒っている。
ものすごく怒っている。

信仰心が無くてもいいと思う。私にも無い。
歴史を知らないこともあるだろう。私だってたいして知らん。

だがバカだ。

これには耐えられない。
勉強の出来・不出来ではない。

ツイッターでぐちって殺されかけているエリート官僚のツイートは「知性が無い」だったか。

なるほど。

だが、そうでもない。

所作だ。

バカというのは所作がものすごく不細工なのだ。
だから見ていて醜く、知性のかけらも感じないのだ。

鎌倉の住民は所作を知っている、人が多い。

もっとも目の前にある小さな神社を草木に埋め、掃除もしない住民もたくさんいるが。

いずれ、鎌倉には有名どころの寺社しか残らないのかもしれない。
本来であれば地元の氏子が守っていたような神社は、誰も守らず朽ちていくだけなのかもしれない。
たぶん、そんな時代がきたときに鎌倉の住民からも所作は失われ、不細工なバカの街になるのだろう。

そんな日が遠くであってほしいと思う。
なんといっても鎌倉は素敵な街だから。

だが、たぶん1000年に1度の地震が早晩やってきて、そんな願いも失われるのだろう。
大変悲しい話だ。

鎌倉幕府が開かれたのは1192年か。もっと前になったんだっけか。

東日本大震災級の貞観地震が起きたのは869年。
東南海級の巨大地震が起きたのは684年〜1096年に3度。
鎌倉大地震が起きたのが1293年。
鎌倉の大仏が流された大地震は1498年。

貞観は再び起きた。
では次は?

私たちは見に行かなければならない。
観光に行かなければならない。
所作が醜かろうが、バカで不細工だろうが。
いや、だからこそ見に行かなければならない。

失われる前の姿を、灰燼に帰す前の姿を、見て、覚えて、記憶し、そして記録もしておかなければならない。

失われるときは根こそぎだ。
町が消える。
この美しい街も。歴史の遺産であふれる街も。
津波に飲まれ、山が崩れ、瓦礫ばかりになり、遺体が積み重なるだろう。

嫌だと言っても、目を背けても、どうしようも無いのだ。
地震はまた起きるのだから。
どうしようもない。

いや、できることはあった。
大仏まで大量の津波がくるんだから。
なぜあんなに家をつくってしまったの、と。
観光客があんなにくる道をつくってしまったの、と。

反省し、対策をすることはできただろう。
だが、もう無理だ。
行政に、人間にできることは、ただ「地震よこないで」と、祈るだけだ。

だがその願いはかなわない。
絶対に地震はくるのだ。

あの海岸線から密集している家々をなぎ倒し、避難場所も分からない観光客を飲み込み、あるいは人が多過ぎて逃げられない人々を飲み込み、阿鼻叫喚のなか、津波は大仏まで達しよう。

小さな川は津波を導き、川沿いにある江ノ電の駅舎を飲み込み、その周りの人々を飲み込もう。

もうこれは避けられない出来事だ。

私たちにできることは見ておくことだけだ。
生き残れるかどうかは神のみぞ知る。。。。。

そうか、ここでやっと神さまへの願いが出てくるのか。
地震を防ぐことができないのなら、せめて生き残らせてくれよ、と。

なるほど。

だが、そんな願いをしたたくさんの人を津波は飲み込むのだろう。

今度神社にいくときは、ここに書いたことが外れるよう願ってこようと思う。
だが大地震と大津波はまた起きるのだろう。
失われることが分かっているというのは大変残念なことだ。











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