昨日の。
1万6000歩。
朝食、そば、うどん、焼きイカ団子

昼食、なし

夕食、焼肉、キャベツの千切り、豚汁

前日のイカとメカジキのキモアエ刺身、全然美味くなかった。。。。何がいけなかった。
というわけでパン粉と混ぜて団子風にして焼いたが、それでもとくに美味くは無い。
豚汁は野菜たっぷり。
やはり豚汁には豚肉がいい。鶏肉とは全然違うなあ。

この日は碓氷峠を目指した。
碓氷峠といっても群馬と長野にまたがる峠ではない。
箱根にもあるのだ碓氷峠が。

碓氷峠は日本書紀によればヤマトタケルが東征したあとの
帰り道に使ったとされる。
古事記ではこのあいだ通った足柄峠が帰り道。

一般的には、日本書紀は当時(編纂時期)の政治情勢が恣意的に組み込まれ、古事記のほうがそういった恣意的な要素が排されているんではないか、という話なんだが、ヤマトタケルの時代からさらに何百年も経ったときの編纂なので、どこまで正確かは永遠に疑問の余地がありそう。
そもそもヤマトタケルの逸話は何代もの天皇を混ぜたものだ、とまで言われているし。。。

ともかく、日本書紀では碓氷峠でヤマトタケルが、横須賀・走水で入水したオトタチバナ姫を悼んで歌を謳ったとされる。オトタチバナ姫さんはヤマトタケルのために、荒ぶる海の神を抑えるため海に入ったとされている。自ら生贄になったようなもの。姫さん。。。

結局、今ではもし古事記の説を信じるなら、帰り路は足柄峠。そこで謳ったのなら走水方面(三浦半島や房総半島)も見えるであろう、と。
日本書紀を信じるなら、長野・群馬県境の碓氷峠。まあこちらからは房総半島とか見えんと思うが。

だから古事記が正しいのさ!という話にもつながっていくんですが。


。。。。という状況なわけだが、ある学者がいや箱根にも碓氷峠がある。この碓氷峠からなら房総半島が見える。
日本書紀の碓氷峠とは箱根にあった!と言ったんですね。

なるほど。
たしかに。
箱根の碓氷峠からなら見えそうだ。
そこで私は久しぶりに箱根を目指したんです。。。。

以前は宮ノ下まで歩いて行ったが、とにかく歩道が狭いし車が多いしで怖い思いをした。
今回は、夏休み後。ただし雨の平日。
レインスーツをザックに詰めまして、とりあえず電車でひたすら強羅へ。

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夏休みとはいえ平日で雨なので、静かなもんです。

ここまで来たのは初めてだなあ。
いろいろ観光もしたいのだが、とりあえずレインスーツ着込んで下山。
ふもとの宮城野地区へ向かう。
いきなり歩道が無くてちょっと嫌だったけどまあ集落へはすぐです。

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もう雨だからなのか温泉街だからなのか標高が高いからなのか、雲というか霧というか水蒸気に包まれている。。。。

国道138号線・箱根裏街道へ入る。
ここは歩道がある。
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早川沿いです。

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別荘地ですなあ。このへんは1000m前後のくみしやす、という良い感じの山ばかりなのでハイキングコースも多い。というか登山コースですが。

すぐに路地へ入って諏訪神社へ。
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なんかやけに立派な鳥居だなあ。

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おお、苔むしていますよお。

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狛犬も苔むす。

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庚申塔や地神搭も。
いいですねえ。

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小さい狛犬も苔むしています。

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由来とかはわからんが、小さいながらも歴史がありそうで立派な社。
いやあ全然期待していなかったが予想外に素晴らしい。
近くは別荘地だし、この神社は結構新しい住宅が多い集落の中にあるので、
氏子の人たちと発展し続けてきた感じでしょうか。

そこから道なりに国道へ向かうと。
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明神平。
この沢の奥が碓氷峠のイメージ。

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橋にも碓氷橋。

だが実は危惧していたとおり、そんなに強く「碓氷峠」を推している感じはしない。
とりあえず地図を確認すると、国道沿いに碓氷峠までの直線の道があるのだが。。。
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この有様。
ハイキングコースは落ち葉に埋もれていて、誰も使ってないかのよう。

少し入ってみる。
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うぎゃあ。もう管理されていない。
今日はこんなコースを歩きたくない。

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近くの石碑も藪に覆われていて気付かないほど。

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Googleマップにはこんな道がある。ロープウェーでもあるのかと思ったが、これは実は後で導水管?だと気付いた。
たぶんこの導水管沿いにハイキングコースがつくられているのだ。

だがこの廃れっぷり。
間違いない。
箱根碓氷峠は終わっている。

明神平まで戻り、くねくねと曲がりくねった舗装の道を進む。
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途中に祠あり。
こういうのが頻発すれば「古代の道なのかなあ」などとも思うが。

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しかしずっとそんなものは無い。

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ようやく碓氷峠への案内板。
ホテルへと向かう道との分岐。
30分って徒歩30分だよね。車で30分じゃないよね!?

たしかこの近くのアパートの自販機が最後の自販機。
そしてそこにいた人が最後の人。。。。


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暗く細い道を進む。
ここから先。。。。碓氷峠まで人にも車にも出会うことはなかった。。。。。

表札が外れ、人気のない別荘がある。
ヒグラシが鳴きつづける。
薄暗い林道のような道。
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人家も見えなくなる。

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ときどき橋を渡る。これは唯一碓氷峠らしい橋。

長いひたすら長い林道を進み、ときどき何かが後ろをついてきてないだろうな、と怖い妄想をしつつ進む。
ただし車が来ないので気は楽。

途中に祠など古代の欠片はひとつもない。
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やっと「宮城野城跡」。

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ここは碓氷の梅園とかいうのがある。
だが開かれた場所だが人がいるわけではない。
自販機も無い。ずっと自販機が無い。。。

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そして導水管。
この脇に。。。。
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崩壊した道案内。
ハイキングコースに戻るとヤマトタケルの石碑があるという。
いや、まさか。。。。
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こんな道だよ!?

草木が凄い道をほんの少し歩くと
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脇に石碑が。

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石碑。

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ヤマトタケルの案内看板は朽ちていた。。。

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石碑近くから見える景色は、よりにもよって白く包まれていた。。。。
晴れていれば房総半島も見えなくもない、かもしれない。

まさかここまでか、と。
ここまで廃れるものなのかと。

石碑とかつくられた感じでは大正から昭和までは、おそらくこの碓氷峠はそれなりに
人を呼べたんだと思う。
だが碓氷峠=群馬・長野が有力と言うか、明らかにそうとなって、それにバブルも崩壊して
この道は一気に廃れていったんだろう。。。たぶん。知らんけど。

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近くに猟友会の獣の供養碑。

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菜園。
たぶんここには職員の人がいる。

。。。。。ヤマトタケルの碑よりも立派だよ。。。。

そして私はここに「碓氷峠」の看板や目印が無いことに気付いた。
ここはまだ峠ではないのか?

再び先を歩き始める。
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唯一すれ違ったトラック。

この写真を見てもらえればわかるが。。。。下ってます。
どうやら峠の頂きをもう通り過ぎてしまったようです。
それに気付いた瞬間も呆然。
どこまでも廃れている。。。。まるで消えていくかのような。

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ずっとなだらかに下る。
道の脇の落ち葉の多さが半端ない。

そして突然別荘地へとつながる。
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ホッとするというか、拍子抜けというか、なにかここまで来たのは一体何のためなのか、箱根碓氷峠説とは
なんだったのか、という。

間違いない。
ヤマトタケルは箱根碓氷峠を通っていない。
直感だが間違いない。
確実だ。

あまりにも何も無さ過ぎる。

あれはただの林道だ。
間違いない。

別荘地をしばらく進む。
ここにくると少ないながらも人や車を見かける。
このあたりの別荘地は旧軍の軍人さんたちの別荘が多かったという。
それなりに歴史のある別荘地なのだ。

もっとも今では廃屋や壊れたポストだけの更地、落ち葉に埋め尽くされた私道と、何か先ほどのヤマトタケルの碑
と重なる。
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裏街道へと出た。
この分岐点に。。。
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道案内の石碑が残っている。
いずれこの石碑も消えるかもしれない。。。。。

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裏街道を歩く。
歩道もしっかりある。
箱根ガラスの森美術館の前を通り過ぎる。
この美術館、名前だけは何度も聞いているが、ここにあったんだねえ。

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バスも豊富。
この先は仙石原でまた箱根の一大観光地だ。
さらに先の乙女峠まで行こうと思っていたが、ちょうど小田原行のバスがきたので、すべてをあっさり捨てて乗車。

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これも箱根登山バス。
曲がりくねった道を小田原までえんえんと乗り帰宅した。

箱根には古道がたくさんある。
徳川家康が箱根の街道を整えたとされるが、その前から足柄の道が富士山の噴火で使えないときに
箱根方面の道を使ったという話もある。
きっとヤマトタケルの時代にも人々は行き交ったかもしれない。
そう信じよう。

だけど箱根の碓氷峠はたぶん利用されていない。
すべて感だけど、行けば分かると思う。
歩けば分かると思う。

うん、この道使ってないわ
って。

嗚呼。